≒猫性JKは猫ではない

竹なかみおん

Prologue.白木


白木しらきという名前はキミに譲る」




 膝を抱きながら、近坂きっさかはすこし前傾になってそう言った。


 猫は眼前に置かれた鯖缶にがっついている。


 近坂の言葉になどすこしも耳を傾けてはいない。


 おとなの黒猫だ。


 からだは薄汚れているがしなやかで、眼が綺麗だった。


 近坂はひざに顔を埋め、それからくぐもった声で猫の名前を呼んだ。


「ねえ、白木」


 猫はナアと鳴いて、口の周りを舐める。


「この世に愛なんてないよ。あるのはせいぜい──」


 せいぜい何がある。


 何もないなんて言えば身も蓋もない。


 近坂はそれでもいいと思ったが、せめて猫くらいは救われてほしい。


「……うん、ジアイ。そんくらい」


「ナァ」


 猫は空になった缶から顔をあげると、物欲しそうな声をだす。


「……もうないから。それでおしまい」


 近坂は苦笑する。立ち上がってスカートの裾を伸ばす。


「キミはあたしに似てる。……それか、あたしがキミに似てんのかもね」


 どちらでもいい。


 でも、と近坂は声を落とす。


「あたしにサバ缶くれる人、いないけど」


 自嘲めいた笑いが、夜のしじまに溶けてゆく。


 ──すっかり暗い。


 こんな時間にこんな所にたむろしてんのは、猫か、自分か。


 もしくは──


 ふと近坂は、背後に視線を送る。


 茂みの向こう、公園の広場のほうからだ。耳をそばだてる。


 声がする。


 大人の男の声。


 それから、がさがさとビニールがこすれるような音。


 近坂は夜目を凝らす。


 また彼が来たようだ。


「……あぁ、そうだね。もしくは、」




 ──残業を終えたサラリーマンくらいのものだ。

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