460. ほしい学校とは

 キリさんのふたつ目のお願いは『学校の建設』だった。

 さすがにこれは困るなぁ。

 どうしたものか。


「えっと、さすがにそれはなんとも言えません。公国内の学校も公王様から特別な許可をいただいて運営させていただいておりますので……」


「ああ、申し訳ございません。警戒させてしまいましたね。私どもがほしい学校は、この国で教えているような……複式簿記でしたでしょうか、そういう高度な知識を教えていただきたいわけではないのです。文字の読み書きや計算など基本的な知識を教えていただきたいのです」


 ん、それだけ?

 それだけなら自分たちでもできる気がするんだけど。


「お恥ずかしながら、私たちでは教師を育てる余裕がないのです。説法にあわせて読み書き計算の講習も行っているのですが、やはり集まりは鈍く。そういった知識が必要だという考えがまだ民に広がっていないのでしょう」


 平民たちの意識改革か、それはかなり大変だ。

 私の学校では、平日は子供たちに授業を受けさせると同時に昼食を出すので、『昼食と少しのお金でプラス知識が身につく場所』という認識なんだそうだ。


 それから、毎週ではないんだけど、月に何日かは闇の曜日に大人向けの授業も行っている。

 こちらは昼食を出していないが、それでも参加率が高い。

 やはり、教えている内容が商業ギルドでも新しく導入された最新の知識であることが大きいのだろう。


 つまり、私の学校では昼食と最新の知識で生徒を集めていることになる。

 ヴァードモイ侯爵様から聞いた話によると、私が運営している学校以外は、やはり比較的裕福な家の子供しか通っていないそうだ。

 学費などもその土地によって違うようだが、やっぱり給食の恩恵は大きかったみたいだね。


 さて、話を戻そう。

 キリ様は知識を広めたいために学校を建てたいらしい。

 だけど、それだけでは生徒は集まらない。

 勉強をする意味を理解しないと学習に熱が入らないのは当然である。


 じゃあ、どうするかというと、学校の費用を極力下げることはできるそうなのだ。

 外部から教師を招き、その教師たちに十分な給料を支払いながら、ある程度安い値段で学校を運営することは可能らしい。

 ただ、いくら値段が安くても、もっと積極的な理由がないと人は学びに来ない。

 この世界では子供たちだって立派な労働力になっているし、家を継ぐことが多いから家の仕事の範囲以上の知識に必要性を感じないわけである。

 ここを取り除かないと話が進まない。


「なるほど。リリィ様はどのような方法で解決されたのですか?」


「無料の昼食もありますが、各地から研究成果として上がってくる農業知識や様々な職人に関する知識、効率のよい地図の読み方などを教えていますね」


「職人の知識もですか?」


「はい。各種職人系ギルドに協力してもらい講師を派遣していただいています。ギルドとしても、新しい職人を発掘する機会であり新人職人を送り込んで合同で鍛えさせることもでき、異なる職種の知り合いも増えると好評ですよ」


「なるほど、いろいろな考えがあるのですね」


「説得には苦労しましたけどね」


 本当に説得には苦労した。

 後継者がほとんどいない小規模ギルドはともかく、大規模ギルドになるとなかなか首を縦に振ってくれなかったんだ。

 結局、ヴァードモイ侯爵様のお声がけでしばらく様子を見てもらい、それが好評だったため続けることができている。

 うまく行っているところが保守的なのは仕方がないね。


「うーん、やはり学校運営はそこまで簡単なものではありませんか……」


「学校を用意してあげるのは大切なことだと思います。ただ、どうやってそこで学んでもらい、そこで得た知識をどう生かしてもらうかを具体的に示さなければ、人は集まらないでしょう」


「私は幼い頃、エルフの里の学び舎で育ったので、教育の重要性を知っているのですが、そう簡単にはいきませんか」


「そこはなんとも。求められてこそ活きるサービスですから」


 学校って難しいんだよね。

 日常的な知識を教えることは非常に重要なんだけど、それを理解してもらえるとは限らないもの。

 キリ様の気持ちはわかるけど、もう少し足元を固めるべきなんじゃないかな。

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