第六部 ヴァードモイの新たな名物
457. 3年後、ヴァードモイの片隅で
マクファーレン公国ができてから3年が経過した。
その間、私はキブリンキ・サルタスたちを仲間に加えたり、アミラを引き取ったり、成り行きで学校を作ったりとまあいろいろやってきたわけだ。
私の目指していた服屋とはなにか違うけど、仕方のないことだと思い諦めている。
私のお店、『蜘蛛の綿雲』なんだけど、ヴァードモイ以外の街にも系列店ができた。
ヴァードモイ孤児院の卒業生に魔法裁縫の技術を教えて一人前になったため、私が後見人としてお店を始めさせたのである。
運営には商業ギルドからも助っ人が入っているのでなんとか黒字経営になっているようだ。
私のお店ほど安くできないし、そこまで規模も大きくないから仕方がないんだろう。
ともかく、系列店に孤児院の子供たちが就職できる環境をつくったから孤児たちの働き口も増えた。
あと、『子蜘蛛の巣』もヴァードモイの街に系列店を2店舗増やしている。
そっちも孤児院の卒業生たちが切り盛りしていて評判も上々だ。
私としても、支援する側として非常に嬉しい。
で、学校運営はというと……。
「いやあ、やはりリリィさんのお宅にある緑茶は風味が違いますな。私の神殿でも緑茶をいくらか買っていますが、ここまでよい香りのするものは買えません」
「ありがとうございます、コウロさん。でも、いいんですか? 今日って闇の曜日、八座神の神殿でお祈りのある日では?」
「日課の説法は済ませて参りました。あとは参加者が酒とつまみを持ち寄り、日頃の疲れを癒す時間です。つまらぬ神官がいても気持ちのいいものではないでしょう」
「はあ……」
私の店にやってきてお茶を飲んでいるのは、ヴァードモイの街の八座神の神殿神殿長のコウロさん。
真っ白な髪に整えられたひげが特徴的な好々爺である。
ここ3年間でもっとも付き合いが深くなったのはコウロさんかもしれない。
私の学校にも八座神の神殿を併設しており、学校で学ぶ子供たちには八座神の教義も教えられる。
ただ、八座神の神殿としても教えを広めるいい機会のはずなのに、あまり積極的ではなかったのだ。
いわく、神の教えとは自ら学びに来るものであり強制的に教えるものではない、と。
それでもヴァードモイ侯爵様から指名された以上断るわけにもいかず、学校でどこまで教えるかを調整するためヴァードモイの街へ派遣されてきたのがコウロさんだ。
要するに、学校の理事長的な立場の私と八座神の神殿でも影響力を持つコウロさんの間でどこまで教えるかを相談してほしいと。
それでいいのか、神殿。
「それにしても、リリィさんは本当に気前がいいですね。リリィさんの出資している学校に通っている子供たちには無償で昼食を提供しているのですから」
「やっぱり、お腹が空いていると幸せって感じがしないじゃないですか。お腹がいっぱいでも眠くなって勉強に身が入りませんが」
「それもそうですな。本来であれば困窮している者を救う立場の神殿が施しを行っていないのは申し訳ないのですが」
「まあ、そこは得意分野の差ということで。私は従魔たちのネットワークで食材を豊富に取りそろえられますし」
本当にキブリンキ・サルタスのネットワークはこの3年間で強くなった。
なにをどうやったのかはよくわからないけど、各地に派遣したキブリンキ・サルタスたちが各地の農業生産力を爆上げしてくれたのだ。
その結果、ヴァードモイ侯爵一派の範囲内で穀物や野菜は潤沢となり、総元締め的な私は比較的安い値段で買うことができている。
それを使い、各地の学校で無料の給食を行っているわけだ。
学費もなるべく安くしているし、たくさんの子供たちが通ってくれている。
いいことばかりである。
「それで、コウロさん。今日はお茶を飲みに来ただけですか?」
「主な目的はそれですが、もうひとつついでに用件を果たしたいかなと。来週の水の日はお時間をいただけますか?」
「水の日ですね? 大丈夫ですが、なにかありましたか?」
「いえ。私の上司がリリィさんにお礼を申したいと言っておりまして。ヴァードモイに来るついでにお目にかかりたいと」
……それがついででいいんだろうか。
コウロさん、順序が逆じゃない?
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