446. 複式簿記

「この内容がこちらで、これがこちら。なるほど、慣れてくるとわかりやすいものですね」


 プラファード公爵の勧めに従い、私たちはしばらくの間この屋敷に逗留することとなった。

 その間、まずはハニエラさんに複式簿記の帳簿付けを教えている。

 教えるとはいっても、私には知識しかないので、実際の帳簿内容はプラファード公爵家の物を使わせてもらった。

 これで実践練習をしているわけである。


「いや、素晴らしい計算方法ですな。支出と収入が右と左に分かれて書かれているので比較しやすい。この方式、我が家でも採用させていただいてもよろしいですか?」


「構いません。でも、慣れないと大変ですよ?」


「そこは長年金庫番を務めてきた自負があります。ご心配なさらずに」


 帳簿を貸してくれた執事さんにも大好評だ。

 やっぱり、この世界の帳簿よりも複式簿記の帳簿の方がわかりやすいらしい。

 この方式が広まればある種の革命になるかな?

 そうなってほしいな。


「……ふう。帳簿とはこれほど細かく付けられていたのですね。まったく気にしたことがありませんでした」


「お嬢様方が帳簿に触るなど、本来あってはならないことです。そういったことは、専門の者のみが行います。今回も特別にお使いいただいているのですよ」


「わかっております。……それにしても、この方式ですと本当に収入と支出がわかりやすいです。最終的な足し算で双方の数値が一緒になっていなければ、どこかで計算間違いをしているか記入漏れをしているかすぐにわかるんですもの」


「本当でございますな。孤児院の者たちに教育を施すと聞いたとき、お嬢様ほどの人材が必要なのか疑いました。ですが、これほど高度な教育を行おうとすれば、よほど高名な教育者か高度な教育を受けた者でなければなりません。いやはや、これほどの教育を受けられる孤児院の者たちがうらやましい」


「その通りです。リリィ様、この教育は本当に孤児院の子供たちだけに?」


「その予定です。街の子供たちに教えるには、まずそれなりの許可が必要だと聞きましたので」


 教育の許可、つまり学校を開く許可なんだよね。

 学校を作ろうとすれば、現体制にとって都合の悪いことを教えられるかもしれない。

 その可能性があるから、簡単に許可は下りないんだ。

 許可をもらう手段はないかなぁ?


「マクファーレン公王家も、これほど有益な計算方法だということは知らないのでしょう。実際にマクファーレン公王陛下の前で披露されては?」


「うーん。私は知識がありますが、そこまで自在に扱えるわけじゃないし、せっかく覚えてもらったハニエラさんを奪われるのもちょっと嫌なんですよね」


「あら? マクファーレン公王陛下とはそれほど狭量ですの?」


「いや、マクファーレン公王陛下はともかく、公太子殿下のシャロン様がなにかとね……」


「シャロン様もそれほど悪い噂は聞かなかった方なのですが」


「なんだか、私に変な対抗意識を持っているみたいで。あんまり得意じゃないんですよね」


 シャロン様、どうなっているかな?

 最近会っていないけど、再教育は無事に進んでいるだろうか。

 進んでいなかったら公国の未来が怪しくなるから嫌なんだけどなぁ。

 ヴァードモイ侯爵様を通じて話を聞いてみようかな?

 ……やっぱりやめておこう。

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