425. 着物の柄決め

 王弟に送った書簡は2週間待っても返事が来なかった。

 王弟のいる街までそれなりに遠いらしいので、想定の範囲内ではあるらしいけど、心配でもある。

 ただ、私はそっちの心配ばかりもしていられない。

 ロベラウド公爵様のふたりの奥様とふたりのお嬢様の着物についていろいろと決めなければいけないのだ。

 とりあえず、ベースとなる色と、どのような装飾をメインに持ってくるかを決めないと。


「ああ、困りましたわ。これほどたくさんの絵柄を表現できるだなんて」


「そうですね。それも、それらを組み合わせて1枚の絵画風に仕立て上げるなんてすごいですよ」


「お褒めにいただき恐縮です。それで、どのようなものが気に入りましたでしょうか?」


「それは……」


「うーん……」


 どうやらお嬢様方はまだ悩んでいるらしい。

 それに対し、奥様方はそれなりに希望が決まっていたようだ。


「リリィとやら。クロトメソデで一番品格が高いとされる柄はなんです?」


「ええと、五つ紋で装飾は亀とか鶴、鳳凰なんかの絵柄ですかね」


「ふむ、変わったものを描くのですね。ところで『五つ紋』とは?」


「黒留袖の格式を現す紋様の数です。『五つ紋』が最も高く儀礼用。パーティなどの準礼装の場合は『三つ紋』や『一つ紋』といったものを着ます」


「その話を聞くと、クロトメソデだけでも2着ずつは買わねばならなくなりませんか?」


「まだこの地域では着物の風習が広がっていないので大丈夫ですよ。あまりカジュアルな場で黒留袖を着なければいいだけです」


「な、なるほど。それで、その、紋様というのは家紋を刺すのですか?」


「家紋の場合もありますし、『女紋』といって独自の紋様を使うこともあります。家紋が家の当主のものである、と考えられていた時代に生み出されたシステムが女紋です」


「なるほど、いろいろと考えて作られてますわ」


「でも女紋というのも面白いシステムですわ。これで家紋とは違う家柄を表せるというのも面白いですし」


「早速ロベラウド様に相談ですね」


 この奥様たちは仲が良いようだ。

 お嬢様たちはふたりとも2番目の奥様の娘らしく、仲が良い。

 うん、いいことである。


 そんな調子で着物の柄はサクサク決まっていく。

 全員が全員、どんな着物を着てみたいのかをイメージできるから決まるのが早いんだ。

 私が色見本を持ち歩いていることもあり、色あわせもその場で終わる。

 細かい色の見本を持っていることに驚かれるけど、これくらいは当然なんだよね。

 さて、これくらいかな?


「奥方様、コードル様がお見えです」


「コードルが? 用件は?」


「はい。そちらの裁縫士に一言ご挨拶がしたいと」


「なるほど、構いませんか、リリィさん」


「はい。あいさつだけでしたら。私もしっかりとあいさつはしておりませんし」


「お客様の許可も出ました。コードルを連れてきなさい」


「はっ」


 コードル様……確か、下の息子さんだよね。

 私になんの用事だろう?


 少し経ってやってきたのはブロンドの髪をきっちり整えた、利発そうな青年である。

 この人だろうな。


「お母様、ご許可をいただきありがとうございます」


「構いません。くれぐれも、普通のあいさつだけにするのよ」


 ん?

 普通のあいさつってなんだろう?

 あいさつって普通のあいさつ以外もあるんだろうか?


「はじめまして、リリィ嬢! コードルと申します! 突然ですが、結婚してください!」


 ……あー、これは普通じゃないあいさつだわ。

 どうしたものかね、この返事。

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