404. 北の陣地で

『ふむ、これは……人間の陣地だな』


『なにかあることは想像していたがそれなりの規模のようだ』


 ヴァードモイの北にある森を抜けた先には人間族の陣地が作られていた。

 旗が掲げられているが我々にはわからないな。

 ひとまず覚えておいてヴァードモイ侯爵に確認を願おう。


『どうする? このままなにもせずに帰るか?』


『我々が忍び込んできたことを気付かれるのはまずい。だが、なんの情報も持ち帰らないのもな』


『わかった。外周部から少しずつ侵入を試みよう』


 陣地の周りには木の柵や堀が掘られているが我々には通じない。

 明かりを柵に付けたり歩哨の兵士が持ったりしているが、それでも夜の闇を晴らせるものでもない。

 侵入自体はスムーズにいったな。

 さて、このあとはどうするべきか。

 なにか重要な情報を持ち帰ることができればいいのだが。


『おい、あちらに随分と立派な天幕があるぞ』


『重要人物がいるとするとそこか。よし、行くぞ』


 その天幕は警備も厳重だったが、空中を移動できる我々にはあまり関係がない。

 天幕の裏から回り込んだ仲間と天幕の上に貼り付いた我々で中の様子を伺うことにした。


「ええい! リリィとかいう小娘は見つからなかったのか!?」


「は、はい。ヴァードモイへ到着する前に怪しげな蜘蛛のモンスターに話しかけられまして……」


「蜘蛛のモンスターだと? リリィが使役しているという銀色の蜘蛛か?」


「いいえ、違います。薄茶色で少し人よりも小さな蜘蛛でした」


「ふむ? リリィとやらの契約しているモンスターとは見た目が異なるな」


「そうですね。我々に話しかけてきたのは念話によるものでしょう。散り散りになって逃げてきましたが、ほかの仲間が帰ってこないところをみると、捕らえられたのだと思います」


「ふん。まあ、よい。お前以外の連中は儂の顔も知らぬからな」


 どうやら我々が捕まえた連中以外にも逃げ出した者がいたようだ。

 こちらの姿は確認したらしいが、契約主との関係性はばれていないらしい。

 それならば急いで仕掛ける必要もないか。

 ……しかし、相手の顔が見えないというのももどかしいな。

 微妙に距離があるため読心術も効果が薄くうまく読み取れない。

 なにか、ほかに情報がもらいたいものだが。


 そのとき、天幕の中にもうひとり男が入ってきた。

 この男、戦に向けた陣地の中にいるというのに随分と軽装だったな。


「首尾はどうだ、メルト子爵」


「はっ、申し訳ありません。あまり進展はありません、モロガワード侯爵閣下」


 ほう、この中にいるのはメルト子爵とモロガワード侯爵というのか。

 我々を確認した男は下っ端だろうから、このふたりが中心人物なのだろう。


「そうか。リリィとやら、旧王家の第一騎士団と戦えるほどの戦力だ。できればヴァードモイを攻める前にそぎ落としておきたいところなのだが……」


「私も同じ考えです。しかし、春頃からヴァードモイにいくら間者を送り込んでも帰ってくることがなく……」


「まったくだな。どれほどの防衛体制を敷いたのだ、ヴァードモイは」


「いかがしますか、モロガワード侯爵閣下。ヴァードモイ攻めを延期しますか?」


「それはない。苦労して旧王都にも気付かれずヴァードモイの北と東に陣を構えたのだ。これを機にヴァードモイを攻め落とす」


 なるほど、目的はやはりヴァードモイの攻略か。

 とりあえず契約主とヴァードモイ侯爵に情報を持ち帰ろう。

 我々が勝手に判断して動くことでもないからな。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る