399. ジュネブの孤児院に支援物資

○●○●ジュネブのキブリンキ・サルタス


『肉を持ってきたぞ、子供たち』


「あ、サルタスの兄ちゃん!」


「今日もお肉を持ってきてくれたの?」


『果実などはあまり見つからないからな。アンガーチキンしかないが我慢してくれ』


 契約主からこの孤児院を頼まれて少しばかり時間が経った。

 この地方の領主から野山の探索許可が出たので探索班は調査に出ているのだが、人が食べても大丈夫そうな果実はまだ見つからないそうだ。

 完全に熟していない果実は見つけたらしいので、それが熟れるのを待ってもらおう。


 しかし、我々モンスターとは違い、人間は毎日食べないと生きてはいけない。

 秋の山菜も見つけてはいるが量がいかんとも少ない。

 そのため、量があり資源的にもよほど乱獲しなければ尽きることのないモンスター、アンガーチキンを届けているのだ。

 我々は食べないから味はわからぬが、人間たちに言わせると癖がなく柔らかくて美味しいそうだ。

 子供たちにも人気だし、しばらくはこれで食いつないでもらおう。


「あらあら。キブリンキ・サルタスさん、今日もアンガーチキンを持ってきてくれたんですね」


『3日ぶりだな、院長。肉を届けるくらいしかいまのところ支援ができない。これくらいはする。契約主とも約束してあるからな』


「いつもありがとうございます。リリィ様のおかげでこの孤児院の暮らしもだいぶよくなりました」


『うむ。子は宝だ。子供に活力がなければその種族は滅ぶ。よいことだぞ』


「そうですね。リリィ様の支援で読み書きや算数についての教本も買えたので、そちらについても教えることができていますし」


『計算は教えられるが文字は教えられないからな。申し訳ないが、そちらは院長たちでなんとかしてほしい』


「構いませんよ。なにからなにまで頼る気はありません。……おや?」


『どうした? ……あの、車両、契約主の紋章を付けているな。そういえば、契約主は今回の旅で使った魔道車以外にも輸送車両を持っていると聞いたがあれか』


 院長の視線を追った先にあったのは、間違いなく契約主の紋章を付けた輸送車両だ。

 あまり広いとはいえない住宅街の中を巨大な車両が走っている。

 ふむ、豪気だな。


 その車両は孤児院の前まで来るとスピードを落とし停車した。

 降りてきたのは数人の女性と我が同胞が数匹。

 やはり契約主の魔道車か。


「失礼いたします。ここがジュネブ孤児院で間違いありませんでしょうか?」


「は、はい。私がジュネブ孤児院の院長でございます」


「私たちはリリィ様からの指示によりジュネブ孤児院へ支援物資を届けに参りました。内容は衣服と寝具、タオル、それからベッドです」


「ベッド?」


「はい。視察に来たときかなり痛んでいたようですので、これを機に置き換えてしまおうとお考えのようです。お邪魔でしたらそのままでもいいとのことでしたが」


「い、いえ。いきなりのことで驚いたもので……」


「かしこまりました。それでは最初に衣服を運び込みたいのですが、お手伝いいただけますでしょうか?」


「わ、わかりました。あなたたち、リリィ様から新しい服が届きましたよ。まずは孤児院の中に運びましょう」


「はーい!」


 支援物資を届けにきた者たちは、魔道車の中から次々と木箱を降ろし子供たちへと渡していく。

 衣服が入っているらしい木箱も子供たちが運びやすいようにあまり大きなサイズではないあたり契約主が気を配っている証拠だ。

 さすがは我々の契約主である。


 衣料品を運び終わると、新しいベッドのパーツを降ろし始めた。

 さすがにこれは重さがあるので大人と我々だけで運ぶ。

 それにしても、人が寝るベッドというのは見たことがあるが、これは随分と大きいな?


『随分と大きなサイズのパーツだが、これはなんだ?』


「二段ベッドのパーツです。孤児院でしたら二段ベッドにすることで少しでも寝室を広く使えるのではないかと考えたようですね」


『ふむ?』


「寝台が上と下の二段になっているベッドのことです。1台分のスペースでふたりが寝られる計算になります」


『なるほど。部屋を広く使えるわけか』


「はい。余ったスペースには本棚や小型の収納を置けるようにと」


 そのあと、子供たちに説明して寝室のベッドをすべて二段ベッドに置き換えた。

 かなりぼろぼろになっていたベッドは、真新しい二段ベッドとなる。

 子供たちは早速自分の寝る場所を決め始め、年長者の指示に従い順番に決まっていった。

 うむ、仲の良い子供たちだ。

 新しい服と寝具も行き渡ったし、しばらく生活面で困ることはないだろう。


 ただ、孤児院で教育をするためになる教師の選考には時間がかかっているそうだ。

 我々にはわからないが、やはり大都市を離れる者は少ないのであろう。

 それに契約主が提示した帳簿とやらの記入方法は革新的なものであり、そもそも教えられるほど詳しい者もいない。

 そちらは帳簿の付け方を学ぶところから始めなければならないらしい。

 長も我々の教育には苦労をしていたが人間も一緒のようだ。

 何事も、一朝一夕にはいかないということだな。

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