397. 学び舎の設置依頼
キブリンキ・サルタスたちについての話題はこれくらいで十分だろう。
これ以上土地を借りても、いまのキブリンキ・サルタスの数では持て余すだろうし、それでなくとも新規開拓村の初期耕作やキブリンキ・サルタスの村の構築、畜産を始めるための準備などやることは多い。
私なら働き過ぎでダウンする。
いや、キブリンキ・サルタスは働き者である。
「キブリンキ・サルタスたちのお話しはこれくらいにしまして……リリィ様にもうひとつお願いが」
「私にお願いですか? なんでしょう?」
「我が領に学び舎を用意してほしいのです。建物などはこちらで準備いたします。学び舎で教える教師を派遣していただければと」
学び舎って学校のことだよね?
一体どういう意味だろう。
詳しく話を聞くと、ジュネブ子爵と連絡を取り合っていた中で孤児院向けの教師を配置することが話題に上ったそうだ。
ただの読み書きや簡単な計算だけならオクシット男爵も普通の慈善事業として聞き流しているところだったが、ジュネブの孤児院で行われる指導はそれに収まる範囲ではない。
いま主流となっている帳簿の付け方よりもわかりやすい帳簿の付け方を勉強させるらしいのだ。
そうなれば孤児院出身の子供であっても就職に有利となる。
なにより高度な教育は領地を活性化するためにも必要だろう、と考えたわけだ。
それで、学び舎の設置となったらしい。
うん、話が飛躍しすぎているかな。
「ええと、あれはジュネブの孤児院向けの施策のひとつであり、学び舎を建てるとかそう言う目的はちょっと……」
「しかし、ジュネブ子爵は孤児院の子供たちばかりが高度な教育を受けられることに危機感を得られておいでです。高度な教育を子供に受けさせるため、わざと捨て子をする親も増えるのではないかと」
ああ、そこまで考えがおよばなかったな。
確かに、孤児院の子供たちばかり高度な教育を受けられるとなればそういう親も出てくるだろう。
これはどうしたものか。
私が返答に悩んでいると、ヴァードモイ侯爵様が助け船を出してくれた。
いわく、学び舎の設置となると一商人の枠を超えると。
「オクシット男爵とジュネブ子爵の憂いは理解した。だが、この場で学び舎を建てるかどうかを決めるのは時期尚早すぎる。我々がヴァードモイに戻ったあと、話を詰めるのでしばらく待て」
「本当ですか、ヴァードモイ侯爵閣下」
「無論、本当だ。リリィがジュネブの孤児院だけに高等教育を施すことを決めた時点で、私は学び舎の建設をリリィに申し出るつもりだった。だが、学び舎を大々的に作るとなるといろいろと問題が出てくる」
「問題……ですか?」
「まず、ひとつ目にリリィはただの商人にすぎないということだ。ジュネブの孤児院はリリィが運営することになったからこそ高度な教育を自分の力で施すことを止められない。だが、領地ごとに学び舎を建てるとなれば主体は貴族側が受け持たねばなるまい。そのとき、講師がリリィの息のかかったものばかりで構成されるのは問題なのではないか?」
つまり、私の一存で教える内容に偏りが出る可能性を心配されているわけだ。
私としては読み書き計算に複式帳簿付け、それから道徳、というか一般常識しか教えないつもりだけど、一般常識っていうのは人によって異なるわけで。
それが一商人の気分次第で変えられるのはまずいというわけだね。
確かにそれはまずい。
そして、私はこの世界の一般常識にあまり詳しくない。
商業ギルドを頼ろうかと思ったけど、そうなると商業ギルドにとって都合のいいことしか教えない可能性もあるわけか。
一般常識、難しい。
「ふたつ目だが、学び舎を作るのであれば、少なくとも我が派閥内すべてに作る必要があるだろう。ジュネブ領もジュネブの孤児院だけではなく、最低でもジュネブの街には必要だ。それ以外にもある程度の大きさのある都市には作るべきであろう。そこまでリリィに任せることはできぬ。そういった慈善事業は貴族が主体になって行うことが望ましい。リリィの商会がこれ以上大きくならないためにもな」
うん、私の商会はかなり大きくなっている。
まだジュネブ子爵領のあとの4つでしか正式に契約は結んでいないけど、残りの領地も帰る途中で契約を結んでいく予定だ。
ほとんどのところは野菜や穀物の売買契約しか結ばないけど、それでもかなりの規模の商会になることは間違いない。
これ以上、規模が大きくなると私には扱いきれないかな。
「そして、三つ目。これが一番大事なのだが、広い地域に学び舎を作るとなれば公王陛下のご許可もいるだろう。場合によっては私の派閥だけではなく、すべての領地で学び舎を建てる必要がある。そうなった場合、旗振り役は誰なのか、複式簿記とやらの発案者であるリリィにどれだけの対価を支払うかなど決めることが多くなる。少なくとも、公王陛下に許可はもらっておくべきだろう」
要するに、勝手に物ごとを教えるなってことだね。
教える内容次第では国にとって不利になるようなことにもなりかねないから、私塾としてひとつの街で運営するならともかく、学び舎として広範囲に展開するのは難しいってことか。
さすがの公王様もこれを判断するには時間がかかるだろうね。
学び舎計画はしばらくお預けかな。
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