393. モイラちゃんの近況

 オクシット男爵家と合流してから、領都であるオクシットへと向かう。

 ただ、オクシット男爵の馬車にはヴァードモイ侯爵様が乗り今後の打ち合わせを、私の馬車にはモイラちゃんが乗りお話しをしている。

 ちなみに、モイラちゃんはタラトの上だ。

 シートベルト代わりにタラトの糸を腰に巻いているけど仕方がない。

 一見、誘拐にも見えるけど仕方がないのだ。

 だって、席がないんだもの。


「それじゃあ、モイラちゃんはベルンちゃんといまでも仲良くしているんですね」


「はい。さすがに会いに行くには遠すぎますが、文通ぐらいでしたらできますから。ところで、リリィ様も相変わらずドレスの作製をされているんですか?」


「ドレスですか? 作っていませんね」


「え? リリィ様は仕立て師ですよね?」


「普段は大衆向けの服を専門に作っているんですよ。貴族向けのドレスは……要望があったときだけですね」


 その要望もヴァードモイ侯爵様を通さないと基本的には受けないから、貴族向けのお店は閑古鳥が鳴いている。

 あっちのお店は元々その予定で建てたものだし問題はないんだけどね。


 あと、ヴァードモイ孤児院を巣立った子供たちの訓練の場としての意味合いもある。

 そっちはようやく形になりつつあるというところだ。

 今年の春から頑張っていた3人がついに魔法裁縫を覚えたのである。

 習得してしまえば経験を積んで難しい服を縫えるようになるだけなので頑張ってもらいたい。

 そういう意味では彼女たちの就職先もそのうち探すか用意しないとだめだね。

 今度ヴァードモイ侯爵様かアリゼさんに相談しよう。


「私のお店は基本的に平民向けのお店なんです。たまにお忍びで貴族の方もお見えのようですが」


「それってすごいです! 普通、力のある貴族は仕立て師を家に呼んで服を作らせると聞いています!」


「私っていろいろと立場がややこしくって普通じゃないですからね。確かに平民出身の仕立て師ですけど、本来は布商人上がりでヴァードモイ侯爵様の御用商人、いまはその上に銀級商人の身分も与えられてますから」


「でも、それって本当にすごいです! 私も頑張ればそんな風になれますか?」


 えっと、頑張るってどういう意味だろう?

 話を聞いてみると、モイラちゃんはデザインの勉強を始めたそうだ。

 貴族の女の子が仕立て師を目指すのってどうなのかなと感じたけど、あまり裕福ではない家系の生まれだと手に職をつけるのは珍しくないらしい。

 嫁ぎ先でも身に付けた才能を使えるかはわからないけど、勉強することはあるそうだ。


「布は高いですからなかなか手に入りませんが、デザインのお勉強ならなんとかできるんです。リリィ様のような複雑なドレスは作れなくても、平民向けの単純な構造の服なら作れるんじゃないかなって」


「なるほど。でも、それだけだと商売としては難しいかもしれませんね。いまでも平民向けの服を作っている仕立て師はたくさんいるんですから」


「あ……それもそうですね。どうしましょう」


 どうしたものかな?

 子供の夢を潰したくはないし、かといって元手がないと商売は難しいし。

 とりあえず、教本でも作ってあげようかな?


 ヴァードモイに帰ってからになるけど、簡単な服の教本を作って送ることにしたらモイラちゃんも喜んでくれた。

 一緒に色彩見本も送ってあげよう。

 この世界の人にはあまり理解できないみたいだけど、子供の頃から感覚を育てていればわかるかもしれない。

 貴族の子女の教育に関わることになるから親に確認を取ってからだけど、できれば頑張ってほしいな。

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