390. ジュネブ子爵領での事業内容

 本格的にサルタス商会を立ち上げこの領の御用商人を追い出すことは決まった。

 そのための手続きをアリゼさんが行うため、数日ジュネブ子爵家でストップだ。

 その間に私がやっておいた方がいいことってなにかあるかな?


「リリィ様がですか? そうですね、事業の大まかな方針を決めてください。資金の運用はこの街の人材と商業ギルドでうまく回しますが、なにをどこまでするかはリリィ様の判断に委ねます。事業範囲を広くしすぎると赤字が出かねませんのでご注意ください」


 なるほど、事業範囲か。

 確かにそれは経営者の判断だな。

 ……私にそんな知恵はほとんどないけど。

 とりあえず、やりたいことをまとめてみるか。


「最初にやらなきゃいけないのは、キブリンキ・サルタスたちが収穫した野菜や穀物の集荷と販売、それから野菜の買い取り。ジュネブ子爵領ではキブリンキ・サルタスたちが畜産もやるつもりのようだから、そちらの事業化が始まれば家畜の取引。いまの御用商人が悪事を働いているみたいだから、領地からその影響力を排除する。あと、孤児院も支援しなくちゃいけないよね。……意外とやることが多い」


 農作物と畜産物のやりとりは絶対必要な事業だ。

 いまの御用商人の影響力も早めにそぎ落としたい。

 孤児院の支援も早急に進めたい。

 本当にやりたいことばかりだね。

 でも、優先順位を付けないと絶対に失敗する。

 どの順番……というか、順番は決定か。


「農作物と畜産の売買は必須だし主力事業だから最初から始める。孤児院への支援も、いまの御用商人の勢力をそぎ落とすために始めよう。それ以外は、とりあえず後回しかな」


 さて、やることは決まった。

 サルタス商会が稼働する限り農作物の売買は必須だ。

 こちらは商業ギルドでうまく取り仕切ってくれるだろう。


 問題は孤児院への支援だね。

 勝手にやってもいいだろうけど、新興の商会がいきなり初めても怪しまれそう。

 こちらはジュネブ子爵に許可をもらおうかな。


「孤児院の支援……ですか?」


「はい。いまの御用商人が好き勝手やっているようなので、そちらの穴埋めを」


「それはありがたいのですが、決して少なくない額を動かすことになりますよ? リリィ様も商人である以上、完全な慈善事業だけでやっていくことはできますまい。そこはどのようにお考えで?」


 そこが問題なんだよね。

 ヴァードモイでは『子蜘蛛の巣』を運営してもらうことで自力運営と生活のための技術を身に付けてもらっている。

 じゃあ、ここでも同じことをすればいいかというとそうとは限らない。

 ジュネブ子爵領は内陸で海産物が取れないから、海の幸は使えない。

 ヴァードモイだってちょうどいい物件と人材がいたからこそ、すぐにお店を始めることができたわけで、こっちでも同じことができるとは限らない。

 できないことを考えると本当にきりがないんだよね。


 では、考え方を変えてみよう。

 できることを見つけるんだ。


「ひとまずは赤字でも構いません。その代わり、孤児院の子供たちには文字の読み書きや帳簿の付け方、農業に関する知識などを学んでもらい、ゆくゆくはサルタス商会の一員として活動してもらいます」


「帳簿の付け方だなんて!? それは商業ギルドの人間でも一般職員では難しい事ですよ!?」


 あれ?

 転生前だと高校生が簿記について勉強することもあったはずなんだけど、この世界は違うのかな?

 その日商業ギルドから帰ってきたアリゼさんに聞いてみたんだけど、やっぱり商業ギルドでも一般職員全員が帳簿を付けられるわけではないらしい。

 身につけている者も多いが、それは最初から身に付けていたわけではなく、商業ギルドに入ってから学んだ者がほとんどなのだそうだ。

 ……うん、いけるのでは?


 ついでに女神様の本頼りで複式簿記の帳簿を書き出してみると、少なくともこの国の商業ギルドで使われている帳簿の付け方とは一致しないらしい。

 だけど、アリゼさんから見ても複式簿記の方が読みやすいそうだ。

 よし、これを売りにしよう。


 商業ギルド式の帳簿の付け方と複式簿記の帳簿の付け方、それに両者を照らし合わせる帳簿の付け方を学んでもらい、生きるための知恵としてもらう。

 ジュネブ子爵領ではこれをメインに支援していこう。

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