第3話 青い満月の奇跡

「誰これ!? どうなってんの!?」 


 私は鏡を持ったまま大声を上げた。

 ちょうどその時、アンナがティーカップを乗せたトレーを片手に部屋に戻って来た。


「ミリユ様! どうかされましたか!?」 

「あ、あの! 私は一体誰ですか!?」


 動揺しすぎてワケの分からない質問をしてしまった。アンナはそんな私の慌てぶりに目をパチクリさせている。


「あなた様はフィレール家のご令嬢、ミリユ・フィレール様ですよ?」 

「フィレール家?」

「フィレール家はこの国……フィルベノア国の貴族です。……本当に何も覚えていないのですか?」

「え、えぇ……」


 覚えていないというか、正確に言えば全く知らないことなのだが……。とりあえず私はその問いに頷いて答えることにした。


「頭を強く打ちましたからね……。良くなるまでお医者様に診てもらいましょう」


 アンナの指示で、目覚めたその日から毎日医者が往診に来た。

 私は医者に『私は真中紬だ!』と何度も訴えたが、事故で頭を強打したから混乱しているだけだろうと全く取り合ってもらえなかった。

 もしかしてここにいる全員が私のことを騙しているのだろうか? でも何のために? それに、もしこれらすべてが演技だとしたら、全員かの有名な賞を受賞できるほどの名演技だと思う。逆に演技ではないとしたら……、まさか私、あの事故で死んで別の世界に転生しちゃった? グルグルと考え続けた結果、なんとも読書好きらしい答えにたどり着いてしまった。

 


 事故から1ヶ月後、アンナの献身的な看護のおかげもあり自由に歩き回れるまでに快復した。だが、この世界に来た理由は未だ見つけられていない。とりあえず今は、 “事故のせいで記憶を失っている” という設定でこの状況を乗り切っている。


 今日も一日を終え、鏡の前でブロンドの髪を梳いていると、鏡越しに満月が出ていることに気がついた。そういえばこちらに来た日も満月だった。

 お母さん元気にしてるかな……。月を眺めながらぼんやりと現実世界のことを考えていると、突如鏡に写る姿がユラユラと揺れ始めた。私は目をこすり改めて鏡を見直す。すると、先ほどまでそこにあったミリユの姿は消え、その代わりに、冴えない顔した女の子が写し出された。


「わ、私!?」


 鏡に写っていたのは現実世界の私…… “紬” だ。

 えっ!? 私いつの間に元に戻ったの!? 私が鏡の前で慌てているのに対し、鏡の中の私は口をポカンと開けたまま固まってる。そしてこちらを指差しながらこう言った。


『な、なんでワタクシがそこにいますの?』


 その一言に私は冷静さを取り戻した。


「あ、あなたは私じゃないの?」

『ワタクシはミリユ・フィレール。アナタこそワタクシの姿をしていますが、一体誰ですの?』

「あなたがミリユ!? 私は真中紬です! ま、まさか私たち入れ替わってるの?」

『どうもその様ですわね……』

「な、なんでこんなことに?」

『ワタクシが思い当たることといえば、青い満月の日に事故に遭ったことくらい――』

「青い満月って、ブルームーンのこと? そういえば、私が車に撥ねられた日もブルームーンだった……」

『そうなると、あの日ワタクシたちは一緒に事故に遭って、それが原因で身体が入れ替わってしまったのかもしれません』


 事故に遭った夜、ブルームーンについてネットで調べていたことを私は思い出した。

 確か、ブルームーンは3年に一度起こる現象で、古くから “奇跡“ や “幸せになれる” という言い伝えがあるらしい。今回のブルームーンがきっかけでお互いの世界に来たのなら、戻れる可能性があるのは次のブルームーンの時だろう。


『ねぇ、どうせすぐに帰る手段がないのなら、それまではこのままお互いのフリして生きてみません?』


 紬の顔をしたミリユが驚きの提案をしてきた。彼女からは不安な様子を感じ取れない。それよりも、むしろ何だかこの奇跡を楽しんでいるようだ。


「……あなたはそれでいいの?」

『えぇ。ワタクシはこれまでずっと、 “自由に暮らしてみたい” と願っておりました。だからこちらの世界でそれを叶えてみたいのです』


 私はどうするべきか迷っていたが、次の機会まではミリユの提案どおりにするしかないと覚悟を決めた。

 こうして私たちは、『3年後のブルームーンまで』という約束をし、お互いの世界で生き直すことにした。

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