第2話 異世界転生
――ミリユ様……
私のすぐそばで、誰かが別の誰かの名前を呼ぶ声が聞こえた。
ゆっくりと瞼を開けると、目の前に繊細なレースのかかった金縁の天蓋が見えた。少しだけ視線を横に向けると、とても心配そうな表情をしたメイド服姿の金髪の女性がベッドの側に座っていた。その女性は、私の意識が戻ったことに気づき喜びの声を上げた。
「あぁ、ミリユ様! お目覚めになられたのですね! すぐに旦那様たちにご報告しなければ! ミリユ様、そのまま横になっていてくださいね!」
女性はそう言うと、慌ただしく部屋を出て行ってしまった。
『ミリユ』って一体誰? その場に取り残された私は身体を起こそうとした。しかし、身体中に痛みが走って起き上がることができない。仕方がないので目だけを左右に動かし状況を確認する。
壁際には豪華な装飾品がいくつも飾られた棚、窓の外には緑の木々。自分の家でないことは明らかだ。
「……こ、ここは一体どこ?」
すると、ドアの向こうからパタパタ、コツコツと足音が聞こえ、数人の男女がベッドを取り囲んだ。皆一様に心配そうな表情をしている。
「ミリユ! 大丈夫かい!?」
そう声をかけてきたのは、まるで世界史の教科書から飛び出してきたような、中世の貴族が着る服を身にまとった恰幅の良い中年男性だ。その隣にいる女性は、結婚式で着るような華やかなドレスを着ている。
「ミリユ様、本当に良かった……」
先ほどの金髪メイド服の女性は涙を流している。
「……ねぇ、さっきから私のこと『ミリユ』って呼んでますが、一体何なんですか? それにあなたたちは誰ですか?」
私が困惑した様子でそう尋ねると、その場にいたみんなの表情が驚きで固まった。
「昨夜のこと何も覚えていないのか?」
「え、えぇ……」
「昨夜のそなたは、婚約破棄のことで我々と言い争いをして屋敷を飛び出したんだ。そなたの勢いに負け、私は出ていくのを止めることができなかった。そしたらしばらくして、そなたが、に、荷馬車に撥ねられたと連絡がきて……」
恰幅の良い中年男性はそこまで言うと、涙をポロポロと流し始めた。
私が婚約破棄? 荷馬車に撥ねられた? この人たちの言っている意味が全く分からない。
「すみません、母に電話したいのですが、私のスマホどこにありますか?」
「ミリユ、何を言っているの? そなたの母なら目の前にいるじゃない! それに、“スマホ” とは一体何のことですの?」
今度は華やかなドレスを着た女性が、目にいっぱいの涙を溜めながら私の手をギュッと握りしめた。
益々意味が分からない。この人たちは一体何を言っているの? 私が不安いっぱいの顔をしたものだから、二人はとてもショックを受けているようだった。
「旦那様、奥様……、ミリユ様は目覚めたばかりで、今はまだ混乱しているだけだと思います。お気持ちは分かりますが、しばらく休ませてあげましょう」
金髪メイド服の女性がそうなだめると、二人は渋々部屋をあとにした。
「あ、ありがとう……。えっと……?」
「 “アンナ” ですよ! もうっ! 私の名前まで忘れちゃったんですか!?」
「ご、ごめんなさい……」
「フフッ、冗談ですよ。でも良かったです。お美しいお顔に傷がつかなくて」
アンナと名乗ったメイド服の女性は、『お飲み物をお持ちいたしますね』と言って部屋を出て行った。
美しい顔? 誰の顔を見てそんなこと言っているのだろうか? 私は枕元に置かれてあった鏡を拝借し、そして驚愕した。
鏡には、透き通るような白い肌に淡いブルーの目、頭に包帯は巻かれているが、ブロンドでウェーブのかかったロングヘアをしたとてつもなく美しい女性が映っていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます