第1話 現世転生

――ピコーン、ピコーン……


 しばらくして、ワタクシは聞き慣れない音で目を覚ました。先ほどまでお父様たちの夢を見ていた気がする。

 起き上がろうとするが、なぜか身体中が痛くて動けない。目だけを左右に動かすと、涙で顔をぐちゃぐちゃにした女の人がワタクシのすぐそばにいた。

 その女の人はワタクシが目覚めたことに気がつくと、『つむぎ〜!』と大泣きしながら抱きついてきた。

 ここは一体どこ? それよりもこの方は誰なの!? ワタクシは突然の出来事に驚き動けない。 


「つ、つむぎ大丈夫!?」

「……つむぎって? ワタクシの名前はミリユです。それに、あなた様は一体誰なのですか?」

「なに言ってんの!? 頭打って母親の顔忘れちゃったの!?」


 母ですって? この方は何を言っているのかしら? ワタクシは身体の痛みに耐えながら、頭を少しだけ左右に動かしてみた。

 無機質な壁や天井、初めて見る機械類。その機械から出ている様々な管が身体中に繋がっている。

 こ、怖い……。お父様やアンナたちはどこなの? ワタクシは必死に何が起こっているのか思い返してみた。


 確かお母様と婚約破棄のことでケンカして……お父様が呼び止めるのを無視して……夜道を歩いていたら、何かが飛び出してきたのに驚いて…………あっ。


 記憶の断片を辿るうちに、あの夜事故に遭ったことを思い出した。

 ……死んだ? はじき飛ばされ夜空を舞う身体を想像し、ブルッと小さく震えた。

 夜空といえば、あの時ワタクシは確かに見た。雲ひとつない夜空に光り輝く青い満月を……。 


 気を失う瞬間、ワタクシは青い満月に向かって『もっと自由な暮らしがしたかった』と嘆き、そして願った。もしかしてこれは “青い満月の奇跡” なのかもしれない。きっとワタクシの嘆きが願いとなり叶えられたのだ。


「……つむぎ、本当に大丈夫?」


 ワタクシが眉間にシワを寄せたまま黙ってしまったので、この “紬” という人のお母様が不安気な声で尋ねた。 


「えぇ、大丈夫」


 これは人生をやり直すチャンスだ。

 ワタクシはこの奇跡を逃すまいと、平気なフリをして笑ってみせた。



◇ ◇ ◇


 事故から1ヶ月経ち、ワタクシは紬の家に戻ることになった。

 病院を出た瞬間、陽の光の眩しさと、目の前に広がる光景に私は目が眩み、思わず声を漏らした。

 天に向かって高く真っ直ぐそびえ立つ建物の数々。馬に引かれずとも動き回る乗り物。行き交う人々の服装もワタクシの世界とは全く異なっている。


「つむぎ、どうしたの? 大丈夫?」


 ワタクシの様子を心配したお母様が、顔をのぞき込み尋ねてきた。ワタクシは平然を装い、お母様の後をついて行った。


 家に戻ってきて早々働きに出るお母様を見送った後、紬の部屋にある小さなベッドで横になり、その日はそのまま朝まで眠ることにした。



 翌朝目覚めると、お母様の姿はすでになかった。一晩中いなかったわけではないようで、キッチンにある小さな机の上には朝食が置かれてあった。

 静まり返った部屋の真ん中で小さく丸くなる。しんとした部屋では時計の針がやけに大きく聞こえた。

 

「ひとりぼっちってこんなに淋しいんだ……」


 ワタクシは膝を抱えポツリと呟いた。

 元の世界では、お父様やお母様、アンナたち使用人がいつもそばにいて、一人になりたいと思ってもなれなかった。しかしいざ一人になってみると、途方もない淋しさに襲われた。



 それから数日経ち、こちらの生活にも慣れ始めたある夜、ワタクシはシャワーを浴び終えると鏡の前に座った。鏡の端に満月が見える。すると、突如ワタクシの姿がユラユラと揺れ始めた。見間違いかと改めて鏡を見直す。しかし、次に鏡に写っていたのはなんと、元の世界のワタクシ=ミリユの姿だった。


 鏡の中のミリユは慌てふためきながら、『わ、私!?』と言っている。ワタクシも突然の出来事に固まってしまっていたが、ハッと我に返り、鏡の中の自分自身を指差しながら問いかけた。


「な、なんでワタクシがそこにいますの?」


 その言葉を聞き、鏡の中でミリユの動きがピタリと止まった。

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