第6話「美術の授業」
いつでも彼女募集中。天野 恋(あまの れん)だ。
今日は美術の授業である。
「今日は、描きたい場所と、下書きを決めるだけで大丈夫です。
チャイムが鳴る前に美術室に戻ってきてください。あと、他クラスに迷惑をかけないこと!それでは、学院内を自由に見学しましょう。」
授業内容は、学院内の好きな場所を絵に描くこと。この授業は小中高等部の学年すべてで毎年行い、六月の文化祭で理事長室前に飾られるのだ。
「恋恋、何処を描くか決めた?」
話しかけてきたのは知り合い以上友達未満の美波 生(みなみ せい)。
俺は、美波に向かい中二っぽく笑う。
「チッチッチ、美波君。俺はもう、何処を描くか決まっているのさ!」
(…ん?恋恋ってこんなキャラだっけ?)
「そ、そうなんだ、よかったね。じゃオレはこれで…」
なんかめんどくさそうな空気を感じた美波は、離れようとする。
そんな美波の肩をつかみ、俺は話始めた。
「聞いてくれ美波!俺、最近『おちゃおどうぞ』、略して『おちゃど』にはまっているんだ!」
俺は鼻息を荒くする。
「ア、フーン」
『おちゃど』は、主人公の女子高生・お茶茶ガ原 チャオォちゃんが、お茶っパワーを使って、今を生きる悪の軍団・タンサーンとたたかう話だ。いわゆる魔法少女系。
「ここだけの話、美波にぶっちゃけると、漫画を読んでいたら気付いてしまったんだ。チャオォちゃんが通う高校はうちの学院の高等部がモデルだと………‼」
「ソリャアスゴイヤ」
美波は、死んだ魚のような目で、俺の話を聞いている。インキュバスであるリアルが充実した彼には、効果がないようだ。けしからん。
「俺は屋上を描くつもりなんだけどさ、漫画の中で……あれ?美波どこだ。」
いつの間にか、美術室には俺だけが残っていた。
美波は、廊下でやれやれと言っていた。
◇◆◇
天野 恋は屋上に到着した。
「急がないと、雨が降りそうだな。」
先ほど美術室で配られた紙をボードにセットし、下書きの準備を始める。
「屋上から、校庭を描きたいと思ってたんだよなあ。」
校庭を見下ろすと、体育中のクラスがいた。
「…男女混合で二人三脚してね……?」
最悪のことに気が付く。
「し、しかも今走り始めたペアの女子の方、脚フェチにはたまんないと噂の足ヶ高 豹さんじゃねえか!一緒に走ってる奴羨ましい!ってそうじゃなくて!」
俺は我を取り戻す。今までの天野 恋は確実に『リア充爆滅』といっていただろう。
(だが今の俺には二次元という新しいジャンルがある!)
「ここは『おちゃど』の単行本三巻の第十二話六十八ページで、校庭を舞台に、チャオォちゃんと、敵幹部のオ レンジくんが戦うシーンだったはず…」
「そうそう、次巻では、実はレンジ君はお茶っパワーを使っていた元茶茶茶戦士だとわかるんだ…!」
「え?マジで⁉」
知らない声の、急なネタバレにフリーズする。
「って誰かいるのか!?全然気づかなかった。」
あたりをきょろきょろ見回すと、ソーラーパネルの裏に人がいた。
いたのは、片眼鏡をかけた気弱そうな茶髪の男。
「え、えーっといい天気ですね。」
先に声を出したのは茶髪の男の方だった。
「…誰?」
俺は首をかしげる。男は驚いた顔をした。
「いや、クラスメイトですよ‼」
「え⁉すまん。」
「謝られるのが一番つらいです。」
「あ、おう。」
俺はまた口から「すまん」が出た。
「君もここで絵描くんですか?」
「そうだけど、お前の名前は?」
男の子は名前を聞かれてショックそうな顔をした。
でも聞かなくちゃわかんないし。
「僕の名前は光森 雪也(こうもり ゆきや)です。覚えてくれると嬉しいです。」
「教えてくれてありがとう。俺の名前は」
「君の名前は知ってます。」
「あ、おう。それより光森くんって『おちゃど』知ってんの⁉」
「え?はい。僕の兄が描いてるんです。」
「マジで!!??」
「ひい!」
今日一の声が出る。光森くんはガタガタと震えている。
(あ、驚かせちゃったか?)
「せ、折角だし光森くん、一緒に絵描かねえか?」
(話題を替えよう。)
「はい?」
「あ、嫌ならいいんだけど。」
何かが切れるような音がした。
プツっ
「…いえ、描かせていただきます‼」
意外と乗り気な光森くんに俺は驚く。ただちょうど雨が降ってきた。
「タイミング悪っ!やっぱり光森くん、戻ろうぜ。」
「いいえ、僕は絵を描きます!」
光森くんの茶髪から、水が垂れる。
「絵を描いて紛らわせないと。天野君は先に行っててください。」
「でも…」
「邪魔しないでください!」
屋上に響く声で、光森くんが叫ぶ。と同時に、光森くんの足元から何かどす黒い液体が流れていた。
「僕から離れて下さい。空腹状態なだけですので。」
「いや意味わかんねえよ⁉展開についていけないわ!」
どす黒い液体なんぞ気にせずに、俺は光森くんにつめよった。
「大丈夫か⁉さっきからお前おかしいぞ?」
その一瞬、光森くんが俺の首元に噛みついてきた。
「痛っ!」
首元が熱くなる。
「ぷふぁ。」
光森くんは満腹そうな顔をした。
「え、どゆこと?」
俺は素っ頓狂な声を上げた。
「……はっ!申し訳ございません!!」
光森くんは俺から離れると、急いで土下座する。
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめ―――」
「光森くん落ち着…はっくしゅん」
◇◆◇
「落ち着いたか?」
「…はい。」
2人で階段に座る。
「実は僕……吸血鬼で。」
「そりゃあそうだろうな」
「え、驚かないの⁉」
どうやら雪也は驚くと思っていたらしい。
だが、インキュバスの知り合いがいる恋にとっては驚くことでもなんでもなかった。
「光森くんに似たような知り合いがいるんだ。」
「僕以外の吸血鬼?」
「いや、吸血鬼ではないんだけど……って血吸われたってことは俺吸血鬼になるのか⁉」
「人間が吸血鬼の血を飲むと吸血鬼化しますが逆はありません。」
冷静に答えてくれた。
「僕も驚いています、君の血がおいしすぎて。」
「そうか?美味かったならよかった。」
恋は雪也に笑みを浮かべる。やっと雪也がこっちを向いてくれた。
「君は、なんか変わっている。」
少し恥ずかしそうに雪也が言う。
恋は一瞬、考えるポーズをする。
「友達にはよく言われる。」
雪也は目を見開いた。
これが新しい友達・光森 雪也との出会いだった。
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