第14話

「12回は一ヶ月前のやや古いデータです。先週の平均は13.8回です」


訓練生の時から既に経理部隊の手伝いをさせられることがあったという

見るからに優秀そうな女性上等兵がメガネをクイッと直しつつ言う。


「女性の兵士を中心に苦情が出まくったから、

合衆王国軍から接収した精神科病棟に連れて行くことになったの。

私も付き添ってね。そしたら私がちょっとトイレに行ってる隙に――

彼女も連れてけば良かったんだけど、大きい方で恥ずかしくて。」

「落ち着いて、水飲みなよ。」


ヨシカワが差し出した水筒を勢いよく飲むカナザワに

イタクラがおずおずと尋ねる。


「やっちゃったのか?その、オナ……自慰行為。」

「それどころじゃないの。そのとき待合室に……性的な

依存症っていうのかな。とにかく所属部隊の大半と

相手の性別も関係なしに寝ちゃった女性士官がいて――

帰ってきたら――――二人で始めてた。ひっぺがすのに苦労したわ。

MPの人にも軍医にもカウンセラーの人にも二度と来るなって言われたわよ。」


なんとも凄まじい話だ――。

兵士が一人死んだ以上、荘厳であるべき

場の空気が、なんとも筆舌に尽くしがたい

微妙な物になっていく。


「で、即座に病気除隊に決まったのだが、

書類が――やはりこういうものは経緯を詳細に書かなければならず、

――私の方でなんとか取り繕いながら書いたのだが。」


152小隊の三曹が、非常に気まずそうに言う。


「占領軍司令部の連中、提出された書類を面白がって

回し読みしやがったのよ。あっちに勤務してる友達に聞いたわ

それで手続きが遅れちゃったってわけ。」

「どうもそういうことのようだ。非常に残念なことだが。」

「こんなの人災よ、人災!兵役が終わったら年齢誤魔化して

一緒にえっちなお店行こうって約束してたのにィ!」


かぶりを振る三曹の言葉に対し

微妙に聞き捨てならない台詞を吐きつつ、

カナザワはしゃくり上げはじめた。


「落ち着けよ。お前が悪いんじゃない。」

「……尻尾、触っていいぞ。なんなら耳も触っていい。泣くな」


イタクラが後ろを向いて尻尾を差し出して言う。

泣くのをすぐにやめはしないが、それはそれとして

カナザワは触り心地がめちゃくちゃに良い彼の尻尾を揉みしだいた。


遠くに響く爆発音、そして銃声。

小競り合いが始まったらしい。


「――お礼参りしにいきましょうよ。自分らも151小隊に戻ります」


ヨシカワがぼそっという。

その言葉に、うなだれ気味だった三曹もヘルメットを被り直した。


ヘリがやられたから、

ミサイル撃った連中にお礼参り、

ゲリラが蜂起して基地に襲ってきたから、

基地周辺の市街地にお礼参り。

今度は知り合いが殺られたから――


それ自体は必要なことだ。落とし前はつけさせなければ。

しかしここに来てからそればかりではないか。

まるで――――ヤクザだ。


結局、少なからぬ犠牲をゲリラ、東陽民国軍の双方に出し、

報復戦は三日続いて終わった。首謀者らしい者も逮捕された。

なお民間人の犠牲はゼロである。当たり前である

死んだやつはすべからくゲリラなのだから。

そもそも機関銃で武装している無辜の市民などいてたまるものか。


もっとも、死なずに逃げ延びた者の中にもよく訓練されたゲリラが

相当数混じっているのが頭が痛いところだが。


作戦が終了してあれよあれよと言っている間に、

一か月近くが経過した。さすがに今回のことで

ゲリラ騒動が一段落すると同時に本国から

上陸し始めたマスコミは、ゴキブリめいた勢いで増殖し、

しつこく兵士たちにつきまとった。


「マスコミが周囲をウロついているが相手にしないように。」


タワラマチ少尉改め中尉の顔にも疲労の色が濃い。

彼女がそれを全くひけらかさないので

皆たまに忘れそうになるが、いいとこのお嬢様である彼女は

何かと連中に追いかけられるのだった。


「安全になるとこうだもんな。」

「本国じゃ俺たち、侵略部隊とか言われてるらしいぜ」


その評価が事実か、誹謗かは歴史というもの以外には判断できまい。

だが現場の彼らはやらなきゃ死んでいた。それだけは確かだ。


そしてこれも事実だが、いまわしい戦争がおわり、

合衆王国軍を打ち負かして東陽民国の本国が安全になったとたんに


やれ


「やりすぎ」


だの


「仲良くすべきだった。もっと穏便な解決策があったはずだ」


だのと言いつのる人間が現れだしたのである。

本気でそう思っているのなら戦中から言っておくべきではないのか。


『TMBニュースのダン・タナカです』

『同じくウォルター・ヤマオカです。

侵略部隊の司令基地の前に来ています。

あっ!誰か出てきました。司令部のカゴハラ中佐です!』

『中佐!ここまでの攻勢に出る必要があったのですか!

国民の中には虐殺と言う意見もあります!我々には

国民の代理人として知る権利が……』

『うるさいな、何が虐殺だ!あいつらは俺を殺そうとしたんだから

本来なら全員死刑だ!あと俺は昇進して大佐だし、ていうか勝手に映すな!』


カゴハラ中佐改め大佐の手が画面に大映しになる。


「あのおっさん昇進したんだ……。」

「テロから生き延びて的確にゲリラ鎮圧を

指揮したって上からは評価されている。

今回の昇進でこの合衆王国に駐留している軍人の中でも、

五指に入る権力を握ったということだ。」


マクギフィンがため息をついた。

大佐そのものはそれなりの人数居るが、

一般企業でも、いちがいに係長、課長あるいは部長と言っても

仕事量や持てる権力、人望などが個人個人でピンキリなのと

同じ理屈で、大佐という階級にも序列がある。


そこへ行くとカゴハラは大佐の中でも上の上、

いかにいけすかぬ人物でもそれだけは間違いなかった。


『全く、昨日の取材では酷い目に遭いましたねダンさん。』

『軍人の横暴ですよ。たかが鉄砲担ぎが社会の木鐸であるところの

我々を何と心得ているのでしょう。』


「あれ、さっきのやりとりって録画だったのか。」

「おい……これって……ここじゃないのか映ってるの。」


そんな声が上がり……画面が指さされる。

確かに、背景に映っているのは間違いなくこの駐屯地の建物ではないか。


『見て下さいあの戦車を、キャタピラを洗っています!

やはり民間人を轢き殺したりしたからわざわざ洗っているんでしょうか!?』

『なんとおぞましい……こんなものに我々の税金が使われているんですね!』


柵越しに78式戦車をホースで洗っている

乗員を指さしてオーバーに騒ぎ立てる。

わざわざも何も、装甲車や戦車というのは転がしたら転がしただけ

洗い清め、あちこち分解して部品交換したり油を差したりしなくてはならない。

その乗員たちがやっているのも全く通常通りの作業にすぎない。


『あっちへ行け!』

『芸能人のスキャンダルでも追っかけてりゃいいんだ!』


戦車の乗員というのは、鉄の猛獣を手懐け、乗りこなしているだけあって

相応に荒っぽい。柵越しにとはいえ、凄めばかなり迫力がある。


『なんて野蛮な……』


これには

さしもの二人のレポーターも、すごすごと引き下がらざるを得ない。


もっとつつき回しても安全な奴はいないものか。

そう考えているのがほの見えるように、カメラが

標的を探してパンする

ケダモノが獲物を狙うようにしてしばしの間

それを繰り返し――見つけた。


『そこの貴方!今日は何人撃ち殺したんですかァ!』


ハンノウだった。今日の買い出し当番は彼だったのだ。

舌打ちして逃れようとするが、荷物が多いので無理だ。


『無視しなくてもいいでしょ!

あんまり失礼な対応とるなら実家を割り出して突撃しますよ。』

『実家って……うちの寺は関係ないだろ!』


誰かがため息をついた。

そんな返事をしては餌をやったようなものだ。


『ほう……寺。将来お坊さんになるくせに人殺しの軍隊に参加するんですねぇ。』


一方的に相手をなぶり者にできると確信した者特有の、

蜥蜴か昆虫を思わせるおぞましい目つきでタナカはハンノウを睨め付けた。


『よしてください。宗教関係者は

軍に志願してはいけないという法律はないはずだ。』


買い出しの手伝いのために正門に赴いていたセリザワが

キッと二人のハイエナもどきを見据える。


『取材にチャチ入れないでくださいよぉ

アンタも身元割られたいんですかぁ?』


ヤマオカが威嚇するように言う。


『誰の身元を割ると仰るので?」


だが、凛とした声がそれを遮る。


『うっ!?」

『私の部下に何か用ですか?』


タワラマチだ。

アイロンにかけたばっかりの

糊のきいた作業服と真新しい中尉の階級章を認めるや、

タナカは三白眼を剥いた。


『へっ、典型的なお勉強だけが出来る士官って顔ですな。

あんたみたいな促成栽培に用はない。我々は――』


タナカの言葉に、タワラマチは胸を張り、

背丈だけなら自分より勝っているタナカを見下ろすように言った。


『名乗らなくても結構。イエロージャーナリストでしょう。』

『なにお!』

『ダン!まずいよ。コイツ……。』


作業服の名札を指さしてヤマオカが言う。


タワラマチ、と印字されている。

東陽民国で多少なりと経済に関心のある者なら絶対に知っている名だ。


「クソ……カメラを止めろ。この家柄だけのボンボン女め。」

「そうですね。これまで100万回は言われているので屁とも思いませんが」


タワラマチはつとめて無表情を装ったまま、二人を睨んだ。


「行こう。」

「ああ。」


言いたい放題言うが、スポンサーのご機嫌にだけは

敏感に反応する二人のレポーターは、去って行った。

 

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