第13話 

「報復攻撃に出なくてはならない!」


整列して司令の言葉を聞きつつ、ヨシカワはやはりこうなるのか、

と諦観めいた感想とともに、わずかにため息をついた


以前ヘリを落とされた時はどこの建物から撃たれたか判っていたから

一棟だけで済んだ。だが、今度は町ごとだ。

例えば一丁目が終わったら、次は二丁目……という具合にしらみつぶしにしていくわけだ。


「我々はまず、基地周辺の地区を封鎖している。

信頼できる市民のみにIDカードを配っており、彼らには

順番に脱出して貰っているが、ゲリラと疑われる者、

及びその関係者には当然だが配っていない。

連中はどこへも行けないわけだ。」


司令はそこで言葉を切り、プロジェクターに示された

基地周辺市街地の地図を指示棒で叩いた。


「よって、残っているゲリラの関係者ないし残党を逮捕する作戦を。本日午後より開始する。あくまで平和的にやるつもりだが、相手の出方次第では遺憾ながら殲滅戦もありうる。」


平和的ときた。いろいろと突っ込みどころがあるが――

そのIDカードとやらが正しい基準で配られている保証はあるのだろうか。あるいは正しく配られているとして避難命令に応じなかったり、意思に反して町の中に残ることを強制されてる者がいる可能性は――?


聞いている者の少なからずが疑問を抱いていた――なんなら作戦を説明していたツダヌマ少佐ですら

完全に納得しているわけではなかった。そんな空気を察したのか、元気を出せとばかりに言った。


「午前中は昇進式だ。喜べ。昨日のゲリラ蜂起に対し

勇敢に戦った諸君らは一部上級士官をのぞいて

全員1階級上がることになる。」


これにはさすがに軽いどよめきが起こった。


二等兵を卒業する、ヨシカワを含む下っ端たちは特にそうだ。

マクギフィンは二等軍曹に――もっとも彼女は

「正しい評価がされていればとっくに

二曹になっていたはず」と言われていたので

今更ではあるが――昇進した。


タワラマチは中尉だ。

二人とも珍しく嬉しそうな顔でお互いを褒め合っている。


衛生兵の寡黙な上等兵は、兵長という徴兵のうちよほど使える者しかなれない、レアな階級(職業軍人を志す者は上等兵からじかに三等軍曹に上がるため)へと上がった。


「しかしこれで、よくしてやったんだから精一杯戦えってことになるのか。」

「階級上げてもらえれば、俺に何かあっても遺族に支給されるお金が増えるんだろ。軍規を勉強したときに書いてあった。それでも俺は嬉しい。できたら郷里に連絡したい。」


ヨシカワの言葉に、イタクラが尻尾を振って言う。俺はともかく、機甲師団とでもぶつからないかぎり、お前になんかあることはまずねえよ、と彼は言ってやった。



――数時間後。


平和的に行きたかったゲリラの逮捕・拘束作戦は、


作戦が始まってから1時間とたたぬうちに発生した、民家の窓からのいきなりの狙撃とロケットランチャーの攻撃で歩兵数名の命もろとも高機動車1台が破壊される事件と同時に案の定殲滅作戦へと移行した。


家という家に向け、

攻撃ヘリ『毒蛇』が以前に撃墜された

仕返しとばかりに、20ミリ機関砲を


78式戦車が105ミリ砲の弾丸を。


歩兵部隊が重迫撃砲を撃ち込み、

窓という窓に小銃てき弾、手榴弾。


――ありとあらゆる火力が

ゲリラが潜伏すると見なされた建物に容赦なく指向されていく。


基地周辺の街区が、戦時中よりもひどい、

火星とか金星の地表めいた状況になるのに

さほどの時間はかからなかった。


その翌日、午前中。


第152小隊――その番号のとおり、

基地内でもヨシカワたち151小隊の隣のスペースに屯している小隊が、

何度目かわからない、

ゲリラが潜んでいそうな路地のクリアニング任務にかかろうとしていた。


「よーし、152小隊!前進しろ。気をつけろよ。――聞いてんのかフナド!」

「聞こえてる。先頭はペニス女にお任せ、でしょ。」

「おい、待て。」


黒縁のメガネに、かすかにそばかすのある顔――だが、

カナザワとは違った方向性の美人だ――

ふたなりの女性が所属するのは当然151小隊だけではなく――

このフナド一等兵もそうだった。


しかし、同じふたなりであるカナザワにとってのヨシカワとイタクラという存在を

小隊内に見つけられず、また彼女の抱えている「公序良俗に反する性癖」によって

孤立している気味のあるフナド一等兵は一人で駆け足に突っ込んだ。


問題の路地。

角に立つと、98式小銃を胸の前に構える。

息が短く、荒くなる。

冷や汗が頬を伝う。

ヘルメットの顎紐がうっとうしい。


「ふっ!」


塀の影から身を翻し、銃を構える。

視線の向く先に従って銃口を動かしつつ路地の奥を睨む。

――人の気配はない。


「はあ……。」


誰もいないことをハンドサインで仲間に伝えつつ、

きびすを返そうと――した時、

電柱の影に、なにやら段ボール箱がある。

風雨にさらされた様子がない。つまり今日か昨日か

そのくらい

まさか、猫でもいるのか……?

だとしたらクサいにもほどがある罠だ。

可愛そうな捨て猫だと思って拾いあげたらドカーン、か。


「…………」


怖い物見たさで彼女は視線をやってしまい――

釘付けになった。そこにあったものこそ――


思い出したのは、故郷である東陽民国のとある県庁所在地近辺――

大きな川の土手だ。

こういったモノが、このくらいの段ボールが捨ててあった。

殆どの人間にとってはそれは汚らわしいゴミだ。

とくに女性ならば顔をしかめて目をそらすこと請け合いだろう。

――――小中学生の男子と、彼女のようなふたなり女子にとっては宝物だが。

すなわち、エロ雑誌だった。

それもいかなるルートをもって入手したものか

東陽民国では発禁になった物まである。


ずくん……。フナド一等兵は、股間にある

彼女の分身に血がまわるのを自覚していた。

ただですら、こんな生活だから溜まっている。

ましてふたなりの性欲は個人差があるが、男性の数倍とも言われるのだ。


先ほど、仕掛け爆弾の罠を警戒していた彼女の理性の部分は

冥王星よりも遠くまで吹っ飛んでしまっていた。

作業服ごしにも細く、染みがないことがわかる綺麗な手が

一番上の一冊に伸び、掴み上げる。


爆発音とともに、フナド一等兵はありとあらゆるしがらみから解放され

無益な戦争や、不毛な占領作戦などの存在しない――

そのかわり、彼女が文字通りすべてを投げ出してまで

手にしようとした、乾きを癒やすための手段もないのだが――世界へと旅立った。


メシを食い終わったヨシカワ、イタクラ、カナザワの三人のところへ

暗い面持ちで一人の兵士が現れたのは、30分ほど後の事だった。


「カナザワ一等兵、おいでですか?」

「私だけど、誰です?」

「152小隊のウキマ一等兵です。自分の隊のフナド一等兵が――」


カナザワは、顔色を変えて立ち上がった。


「何が衛生兵だよ。こんな役立たずの仕事があるか。」

「上等兵、作戦中ですのでそのへんに……」


衛生兵の腕章をつけた兵士が呪わしい声をあげる。

どうやって持ち込んだものか、手にはラム酒の小瓶があった。


「また仕掛け爆弾だよ。持ち上げると爆発するタイプだ。」


そんな声が聞こえる。


『152小隊・船渡』


と作業服に刺繍された兵士が横たわっていた。

上半身には布がかけられている。


「お前が話し相手になってやってやれって言われてたふたなり兵ってこの人なの?」

「そう、この子よ。っていっても会ってそんなに経ってないけど」


カナザワは深く深くため息をついた。


「来週には病気除隊だったのに、マシンガンはツキがない。」


マシンガンというのは渾名らしい。

そのわりには機関銃手でもなさそうだが。


「なぜマシンガンなんです?病気って何だったのですか?」

「機関銃みたいな奴だったからさ。1日に12回していた。

つまりふたなりの人たち特有の――アレだ。自慰行為を。」


ヨシカワの言葉に

小隊の古参らしい上等兵が咳払いしつつ、言いづらそうに述べた。

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