第12話

なおも銃剣を引き抜いて

死体蹴りならぬ死体刺しに出ようとしたシムラ上等兵を、

おそらく同じ小隊の同僚が押さえつけて止める。


「何やっているんだシムラ!」

「うるせえ!放せ、放せよ!わぁぁぁぁぁぁあ!」


引き摺られていく彼を、イタクラたちは呆気にとられて見るしかなかった。


「おっ!」


地面が僅かに振動している。

ヨシカワは、その振動に覚えがあった。

歩兵なら誰だって頼もしさを覚える振動だ。


「悪いな!遅くなっちまった!」


78式戦車――新鋭の94式戦車は後方に当たるこの基地にはない――

が、コンクリートの地面を噛みながら現れた。


「とんでもない騒ぎだな。

正直、APFSDSばっかで榴弾は在庫があまりないんだけど、来たぜ。」

「戦車が来てくれるだけでもありがたいです!」


マクギフィンが敬礼して言う。

その言葉は本音だ。――事実、戦車が現れただけで

流れが変わり、ゲリラたちは逃げに入っている。


鉄条網の狭い切れ目から乗り込んできたもんだから、

逃げようとすると渋滞を起こすわけで、

同士討ちを起こしている者もいる。


「よーし、戦車の後ろに入れ!ゲリラを掃討する!」


どこかの小隊長だろうか。

ピストルを手にした中尉が、

弾倉を詰め替えてスライドを引きながら怒鳴る。


ピストルそのものは戦場ではあまり役に立つ武器とは言えないが、

士気高揚の道具としてはピストルというものが生誕して以来

これほど役に立つ物もない。


誰が指示するともなく、生き残りの兵士たちは

戦車を盾にして、連携してゲリラの群れに

立ち向かいはじめた。


「あらかた終わった――か。」


幸運にも生き残ったゲリラたちが、

2列に並ばされ、連行されていく。

その辺に転がっている死んだ者たちは、

死なずに済んだ仲間たちを羨ましく思っている事だろう。

恨めしいとすら思っているかもしれない


もっとも、生き延びた者たちを待つのは

それを受けるくらいなら死んだ方がマシと言われている

占領軍司令部の取り調べだが。


「…………。」


ヨシカワたち三人は、散らばる死体を何とはなしに見ていった。

気の毒とは思えなかった。こいつらは敵だ。

しかし――――おそらくかき集めれば

10トントラックの荷台を埋めるであろう

死体を前に、勝ったと喜ぶ気にも、なれなかった。


「あっ。」


カナザワが声を上げた。

彼女の視線の先には、見覚えのある顔があった。

あの土下座させられていた商店の店主だ。

ゲリラであることを示す仲間内の符号なのか

腕にちぎった黄色いシャツか何かを巻いている以外、

店に立った時と同じ服装だ。

強いて言うと、腹回りが血に染まっていて

腸がはみ出していることが大きな違いだろうか。


あらゆる生気の失せたその目は大きく見開かれていた。

宇宙の果てか別の次元を見通しているような、

そんな空っぽの目だ


「知り合いか?」


そんな店主の顔を軽く蹴飛ばしつつ

いつのまにか近くに寄ってきていたどこかの隊の一曹が

尋ねた。


「この基地から西の××地区へ買い出しに行ったときに入った店の店主です。

俺たちには売るものはないと言っていました。」

「ふん……そうか。そりゃ災難だったな。」


こっちにも死体袋を持ってこい、

もうない?じゃあゴミ袋でいい。

叫ぶように言いながら、その一曹は去って行った。


「バカ野郎、吐くな!」


この間着任してきた兵士がかがみ込んで吐いていた。

ゲロといえばハンノウはどうしているのだろう、

と思っていると、彼は恐らく面識のないその兵士の隣にいて

背中をさすってやっていた。


もちろん吐く様子はない。

慣れたのだろう。ヨシカワたちだってそうだ。

思うに兵隊をやっていてゲロを吐くというのには

『初めて』という概念が密接に関係している

教育隊に入って初めてハイポートをやったとき、次に初めて人を殺ったとき

そんな具合で後は慣れていくだけなのだろう。良くも悪くも。



「殺されたゲリラたちの死体だが、一応死体の引き取り手を探す告知を

正門前に貼っておいて、誰も名乗り出なければ翌朝の九時か十時か、

そのあたりに焼却することにしたい」

「しかし……それではあと何時間もなくないですか?」


ツダヌマ司令の言葉にタワラマチがおずおずと挙手する。


「翌朝までおいといてやるだけでもありがたいと思って貰わなきゃ困るよ、

あんな色んな意味で不潔なモン。」


別の隊の少尉が吐き捨てるように言う。


「トラックにスピーカー積んで基地の周りを走らせる。

それで告知させよう。なるべくなら引き取って貰った方がいい。」


司令がなだめるような口調で言って制する。


「司令は甘すぎるよな。」


割れた録音の、死体の引き取り手を募る音声が響く、

スピーカーを積んだトラックの社内で

運転兵の一等軍曹がぽつりと言った。


「死体を渡すべきではないってことですか?」


運転に多少酔いながらヨシカワが尋ねる。

彼の運転は極めて荒かった。

もっともそれは運転兵を務めるこの一曹が雑な性格だとか

そういう意味ではない。


本来は告知のためにこうして町の中を走っているのだから、

焼きイモを売るトラックくらいのスピードで

走るのが正しいだろう。しかし、そんな風に

ノロノロ走っていては狙撃でもされればいい的だ。

一応、ヨシカワが乗っているのは警護のためだが、

自分が乗っているからといって鉄砲の弾を防げるわけじゃないし、

どう警護すればいいのという話だ。


「死体を引き取りに来るのはゲリラの家族とか知り合いだろ。

ならゲリラみたいなモンじゃねえか。」


暴論だが、云わんとしていることは理解できなくはない。

誰かが引き取りに来たとすれば

昨日の襲撃からの復旧の状況などある程度漏れると思った方がいいだろう。

いやそれだけならマシで、いきなりサブマシンガンでも

取り出されてズバババっとやられたら……?

あるいは、そこまでする奴はいないと思いたいが、

腹にダイナマイトか何かを巻き付けていて

自爆する可能性だって――ないとは言えまい。

そんなの入り口で身体検査でもすりゃ見つかるでしょ、と

思うかも知れないが、その場合でも結局、

検査を担当する者は死ぬかもしれない。


「そうですね」


とヨシカワは答えるしかなく……。

彼はただ愛銃の98式を汗ばんだ手で握りしめ、

交差点で止まるたびに、

気休めとわかっていても周り中の建物に視線を走らせた。


そしてフタを開けてみれば、死体を引き取りにきた者は僅かだった。

主に、息子が先走ってゲリラに参加してしまって

親が引き取りにくる、というパターンだ。


なお火葬が終わってから、

『合衆王国には火葬の習慣はなく、我が同胞を

一律に火葬に処すというのは侮辱である』

と正門前で抗議をする者たちが数名現れたが、

これは威嚇射撃で早々に解散させられたことを付け加えておく。

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