第11話
「……む」
前から誰かが来る。三人ほど。
東陽民国のオリーブドラブ作業服を着ているが――
三人ともが、肌の色、あるいは髪と目の色の、
一部または全部がマクギフィンと同じだった。
その三つの特徴の内、一つでも備えている者は
彼女が率いる10人からの
“一般的な”東陽民国人の中には居ない――
もちろんそれだけで不審を抱くわけにはいかない。
難民上がりの兵士は増え続ける一方だ。
マクギフィンだって自分の仲間かも知れない人間を
できれば疑いたくはない。
「三曹。所属は?」
「第555偵察戦闘大隊です。仲間とはぐれましたので、
食堂の火災の鎮火のお手伝いに回ろうかと。」
先頭の褐色の髪と髪色に青い瞳の三曹は苦笑いでマクギフィンに言った。
「なるほど。こちらは151歩兵小隊です。
――気分を害したら申し訳ありません。
外見で声をかけたわけではないのです。私も
ご覧の通り難民上がりですから」
「お互い大変ですな」
「こういう場合は合言葉で所属を確認しろ、という通達ですが――」
マクギフィンの言葉に、3人のうち一番後ろにいた
黒髪だが肌が雪のように白い女性兵士の眉が、
ぴくりと上がった。もう1人、金髪に黒い肌の兵士も
目線を僅かに右往左往させる。
マクギフィンはそれを確認した上で――
「――忘れてしまいました。はははははっ」
おどけるように言った。
ヨシカワたちは戦慄し、98式を握る手に力を込めた。
マクギフィンと出会ってからもう何ヶ月経つだろうか?
――彼女がこんな風に笑うことなど見たことがついぞなかったし――
つまりそうしていること自体、
“ただごとではない”事の証明のようなものだろう。
要するに、こいつら怪しい――
「いやいや……実を言うと我々も覚えていないのです」
「なるほど。そろって懲罰もの、ですかね」
マクギフィンが口元に手をやって笑いを堪えながら言う。
「アレは覚えにくいですよ。決めた人間は何を考えていたんだか」
褐色の肌の兵隊がフォローするように言う。
「本当ですね。まあ合言葉なんて存在しないから
何考えてるもへったくれもないのですが」
ふいに真顔に戻り、冷たい声色で告げる。
カマをかけられ、まんまと自分が乗せられたことに
気がついた褐色の兵士に反応する暇も与えず、
マクギフィンは98式を横薙ぎに振るった。
前もって歯を引いて斬れるようにしてあった銃剣が、
褐色の兵士の顔面――まぶたの下あたりにに赤い一文字を引き、
血が噴き出した。
褐色の兵士の後ろにいた2人が、弾かれたように98式を構える。
だが、それよりもヨシカワたちの動きの方がわずかに早かった。
銃声が連続し、2人のニセ民国軍兵士に複数の弾痕が穿たれ、
崩れ落ちる。
「大丈夫ですか、さんそ……」
カナザワは思わず押し黙った。
マクギフィンは、物言わぬ死体と化した2人と
顔を押さえてのたうち回る褐色の男に対し、
見たこともないほどに怒りと軽蔑を向けていた。
「……お前らのようなのがいるから……。」
彼女は絞り出すように、低い声で言う。
自分たちが信用されないのだ。
それは切実な叫びだった。マクギフィンだけでなく、
東陽民国の三軍すべてに無視できぬ数が存在する、
黄色い肌と黒髪を持たない
難民や移民の兵士たちの心の叫びだろう。
「グ……ウウウ……この、うらぎ……」
褐色の男は、
最後っ屁とばかりに言葉を紡ごうとする。
だが、言い終わる前に、銃声とともに左胸に穴が開いた。
「待て!この襲撃のヒントになるようなことを聞けたかも知れないんだぞ……」
「どうせ裏切り者って言おうとしたんでしょコイツ。
そんなの聞く価値ないですよ。」
怒りに満ちた顔で自分の胸ぐらを掴むマクギフィンの、
やはりクマの目立つ顔を、ヨシカワはじっと見つめて言った。
「三曹。現実的にいってこの状況では捕虜をとる余裕なんかないでしょう。
所属を偽って行動していた以上、ただちに射殺されても
文句は言えないのがルールというもんでは」
上等兵の衛生兵が助け船を出してくれた。
――戦争にルールか。そりゃあるのだろうし、
あって当然のものだが、どうにもしっくりこない。
「………二度とやるな」
「――了解」
98式にセイフティをかけつつ、ヨシカワは
ゆっくりと答えた。
正面玄関に近づくにつれ、銃声と怒号が大きくなっていく。
「心の準備まだなんだけどな……」
「出来てるやつなんかいねえよ」
そんなやりとりも聞こえる。
そう、出来てる者はいないし、おそらく
そんな人間でも殺せるように、彼らが手ににぎる
98式小銃をはじめとする自動火器という物が発達したに違いない。
「ああ……」
マクギフィンは思わずうめいた。
鉄条網などからなる封鎖線が乗り越えられつつあり、
多くの敵が侵入している。
「――俺が行ってくる。こういう状況なら俺が適任だ。
援護してくれ。でもみんな、俺には当てないでくれよ」
傍らのヨシカワに98式を押しつけると、
まるで散歩にでも出かけるようにイタクラが進み出た。
「イタクラ二等兵…………わかった。
しかし無理はするな。全員援護しろ!」
彼はどん、と地を蹴る。
既にマクギフィンたちが現れたのを見とがめて四名ほどのゲリラが
こちらに向かってきていた。
彼らはまごつきつつも銃を構えた。
銃も持たぬ、少年のような兵士がこちらに向かってくるのだから。
だが――
そんな少年のような兵士が、彼らが最期に見た相手だった。
まばらな銃撃(扱い慣れていない銃だというのもあるだろうが――)を
巧みなステップで回避し、
ジャンプして真ん中左の男にドロップキックをくらわす。
おそらく蹴られた時点で肋骨の大半と、下手すれば背骨もやられた
そのゲリラは血を吐いて吹っ飛び、大の字に塀にたたきつけられた。
真ん中右の男は一瞬硬直した。
彼からすると相棒が消えたように見えたのだ。
その隙を見逃すイタクラではなかった。
顔面にジャブを放って――ジャブといっても
一発で尾骨骨折に追い込むほどであるが――
悶絶したところを抱きついてヘッドロックを決め、
そのまま首の骨をへし折る。
右側と左側にいた男がそろって銃を構えるが、
同士討ちを恐れて撃てない。
そして、イタクラが作った隙を逃す
151小隊ではなかった。
右側の男が、10発近い射撃を浴びて撃ち倒される。
左側の男は、たまらず鹵獲品と思われる98式小銃を放り捨てた。
「や……やめてくれ。」
手を上げて後ずさる彼の視界に、
ギラギラと光る、まさに獲物を見据える狼のごとき眼差しに、
そのゲリラは両手をあげて恐怖した。
合衆王国では今でも獣耳種族は
狼男、あるいは人狼だといった伝説を
真面目に信じ込んで恐れる者が多く――恐れているという割には
獣耳種族を見世物小屋にぶちこんだりする行為が
近年まで横行していたが――彼もその一人であった。
そして、イタクラにだけ注意を払ったことと、
当のイタクラの方も彼にだけ関心を向けていたこととが、
このゲリラの命とりとなった。
「わあぁぁぁぁぁぁぁああぁぁぁぁぁぁぁぁッ!」
作業服と顔面を赤黒く染めた東陽民国の兵士――
イタクラは名を知らないかったが、
この正門の警備についていたシムラ上等兵が、
突撃訓練さながらに銃剣を構えて突っ込んできた。
彼の部下・同僚4人は全員が戦死しており
特に5分ほど前、最期まで戦っていたハスネ二等兵が
彼の腕の中で母親のことを叫んで事切れて以来
その心は黒々とした炎に支配されていた。
突っ込んできた勢いでゲリラの土手っ腹に銃剣を突き刺し、
悲鳴を上げて倒れた恰幅の良いそいつの腹に、
何度も何度も刺突を繰り返す。
繰り返されるたびに生々しい音と悲鳴が辺りに響いた。
その剣幕は、二人のゲリラを苦もなく斃したイタクラも、声もかけられないほどだった。
そのゲリラが髭を生やした口を開けて絶叫したところに、
まるでうるさい、とどめだ、とでも言うように
黄色い脂肪のまとわりついた銃剣をねじ込んだ。
脊髄や中枢神経をダイレクトに傷つけられたそのゲリラは、
恐怖と絶望と苦痛とが浮かんだ
目をかっと見開いたまま、絶命した。
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