第10話「蜂起」
「買い出しどうしよっか。」
「そうか。そうだったな……。どうしよう。」
あの店の後始末を憲兵に任せて三人はなんともいえぬ罪悪感にかられながら道を歩いていた。カナザワがぽつりとつぶやく。
こうなると、どこの店に入っても何かしらトラブルに見舞われるのではないか、という気がしてくる。
「お前らもなんか揉めたのか?
あそこの店なら大丈夫だよ。」
隣に入居している偵察小隊の上等兵が肩を叩いて教えてくれた。
彼も買い出しだったらしい。両手に荷物を持っている。
指さす店には、ぎこちない民国語で、東陽民国軍の兵士を歓迎するという看板がかけられていた。
なんだか安心したような気分になって、店内へ入る――すれ違った合衆王国人が、店と自分に、これ以上はないというほどに軽蔑のまなざしを向けていることに気付いたが、ヨシカワはそれを意図的に無視した。
―――蜂起の種は、既にこのとき芽吹いていたのだ。
その頃。
占領軍司令部(旧・合衆王国第一生命保険ビル)
カゴハラ中佐はコツコツと靴を鳴らしながら言った。
「イワツキ准尉さぁ、例の戦闘ヘリが撃墜された事件の首謀者って見つかったの?」
「はあ。今のところ、捕虜も口が硬く、自殺を試みた者もいます。」
「何してもいいから聞き出すように言いなさいよ。まったく……」
窓から、まだ西の空がほのかに明るい日が沈んだばかりの町並みも見つめて言う。
「つくづく、不潔な土地だな。」
「ところで中佐。葉巻が届いてます。地元の商工会からだそうです。」
「へー、他人の靴を舐めて生きていかないといけないってのは大変だね。俺は吸わねぇから。あげるよ先任。」
金箔仕立ての紙箱の中に入れられた葉巻をバカにしたような目で(彼は誰に対する時でも大抵そんな目つきだが)一瞥すると、軽く押し返して言う。
「はっ。では失礼して一本頂いてきます。」
自他共に認めるヘビースモーカーのイワツキ准尉が、どこか嬉しそうな声で言う。
「こんな掃きだめ、空爆でもして更地にした後で本国からブルドーザー1000台くらい持ってきて全部片付けちまえばいいんだよな。」
イワツキが消えていった扉から視線を再び窓の外へやり、誰に向けるでもなくブツブツと言う。彼はこの町のことが心底嫌いだった。
その直後――
バーーンッ!
喫煙所の方から、爆発音が聞こえてきた。
「どうした!」
駆けつけて見るとイワツキ准尉は大の字に倒れて生命活動を停止していた。顔面は血まみれで、彼とはわからぬほどだ。鼻から下が消失していた。
灰皿が倒れて汚水が流れ出している床に、
赤い液体が混じっていく。
「准尉殿が葉巻を咥えて火をつけたら……爆発が……。」
腰を抜かしている上等兵が震えながら言う。ここにきてカゴハラにも何が起きたのか予想がついた。
「舐めた真似しやがって、ゴキブリどもめ!――うおッ!」
施設全体に振動が走る。
サイレンがけたたましく鳴り響き、
《当施設に攻撃!ゲリラ事案と思われる!非常呼集!》その日の夕刻18時10分――首都の住民に交じっていた不穏分子が一斉に蜂起したのだった。
151小隊を含む、首都制圧大隊駐留基地。ここもまた、ゲリラの標的にされていた――
「何があったんだ!爆発音がしたぞ!」
「食堂に攻撃だ!おそらく迫撃砲を撃たれてる!」
「火事だ!火を消せ!」
そんな怒号が、あちこちで響く。
「こちら正門です!暴徒が――銃を持った連中が押しかけてきています!」
機関銃座にかじりついていた一等兵が無線機に怒鳴る。相手は――服装からいって民間人のようだが、手に手に武器を持っている。合衆王国軍の銃や、東陽民国軍の98式小銃も見えるが、見慣れないライフルを持っている奴が多いな、と思った。――彼は知らなかったが、それは鉄氷帝国の制式ライフルであった。
「どうすんだよ!撃つのか撃たないのか!うわっ!」
「タカシマ!」
相棒が崩れるように倒れたのを見て、彼はスウ……と血の気が引くのをはっきりと感じた。
軍服を着てないから、民間人だったらどうだというのか。撃ってくるやつは、敵だ。
ベルトリンク式の7.7ミリ機関銃が、吠えた。相棒を狙い撃ったらしい、ボルトアクション式の狙撃銃を手にして髭を生やした眼光の鋭いおっさん(恐らく兵隊崩れなのだろう)が血煙を撒き散らし、文字通り蜂の巣になって倒れる。
「てめえらも死にたいか!」
最期の情け心がそうさせたのか、暴徒の足下を狙い、右から左に掃射した。悲鳴と怒号が上がる。
――さっさと逃げ帰っちまえ。負け犬どもめ。
「タイラ!大丈夫か!」
ようやく、彼の仲間が五人ほど、基地の建物から躍り出た。
「シムラ先輩?タカシマが撃たれました!早く運んで衛生兵に見せて――」
彼――タイラ一等兵がそこまで告げたところで――彼がいた機関銃座に対戦車ロケットが突き刺さった。爆音とともに、大きく振っていた手の肘から先だけが、駆けつけようとしていた仲間の元にたどり着き、床に転がった。
声にならぬ憤怒の声、あるいはクソ、畜生、といった声が、シムラ上等兵以下、五名の兵士の中から上がる。
「撃て!殺せ!」
98式小銃の銃声が響く。
「ハスネ二等兵!小銃てき弾用意!」
小銃てき弾――ライフルの先端に小さいミサイルをくっつけたような――といえば絵面としてはわかりやすいか。ミサイルと違うのはそれ自体には推進力はなく、銃口に装着した状態で銃を撃つと、その衝撃で飛んでいく点だ。
「撃て!」
ブシュ!という音とともに、放物線を描いて飛んだそれは、なんとかして門をのりこえようとしていた人々の足下に着弾。半径数メートルに破片と死を撒き散らした。
このとき、我らが151小隊は、敵ではなく火と戦っていた。食堂の奥の調理用のスペースに迫撃砲が着弾して火が回ったのだ。
「うわあ!」
作業服の袖に火が回った兵士が悲鳴を上げる。
「落ち着け!」
イタクラが消火器をぶっかけた。だが、そんな彼のトレードマークとも言うべき狼の尻尾にも火がついている。
「きゃーーーーーっ!」
「お前どっからそんな声が出るんだよ!落ち着け!」
「ジッとしてなさい!消せないでしょ!」
グルグルとその場で回転するイタクラにヨシカワとカナザワが怒鳴る。
「正門が突破されかかっているだと!」
「何名か戦死したとの報告です……」
セリザワが沈痛な顔でタワラマチに報告する。
「私と半分はここに残って消火を続けろ!」
右腕に包帯を巻いたタワラマチが怒鳴る。最初の迫撃砲での攻撃で彼女は負傷していた。
「残りは三曹とともに、正面入り口の援護に向かえ!レイラ!頼んだ。」
「了解!」
マクギフィン以下、ヨシカワ、カナザワ、イタクラ、セリザワを含め十名ほどの部下たちは、爆発音が断続的に響く廊下を走った。
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