第7話「首を吊った奴がいる」
「いけそうです。あとは片手で撃つことになるのでライフルだとキツいんですが――」
ウラヤスなる爬虫類人の上等兵は壁から手を放して言う。
「そうだよな。しかし拳銃じゃ心許ないよな……」
腰に差した、将校用の拳銃を差しだそうとしたその小隊長はいかにも頼りなさげな拳銃を見て、ため息をついた。戦場では拳銃は、それほど役には立たない。
「あの……」
カナザワが進み出る。
「上等兵、敵が持ってたやつですけどこれじゃダメですか?」
さっき撃ち殺した兵士が持っていたサブマシンガンだ。確かにこれならば片手撃ちも想定された設計のはずだろう。
「お前、いつのまに……」
「兵士はどんな状況でも想定するべきよ。訓練で習ったでしょ」
そう言うカナザワであったが、彼女がこれを回収したのは、なんとかしてこれを本国に
持って帰ることができれば、銃口だけつぶして武器マニアにでも売りつけたら金になると思ったからであった。
「ありがとう。――いいでしょう。弾も入ってる。では、あいつらを引きつけてもらえますか?」
本物のヤモリさながらに、ウラヤスは壁をよじ登っていく。
「わかったまかせろ。おい!こっちだ撃ってみろ!どうしたどうしたぁ!俺みたいなデブ一人撃ち殺せねえのかぁ!」
太ったその少尉は、射線に飛び出してわめいた。
「カマガヤくん!無茶しちゃダメだ!」
タワラマチが叫んだ。しかし、戻る様子はない。おそらく、部下を危険にさらすことに対しての彼なりのケジメなのだろう。
当然、応射の火線が襲いかかる。しかし、この体型で意外と動けるカマガヤなる少尉はさっと物陰に引っ込んでみせた。
「当たらないぞ、へたっぴめ!」
息を荒くしながら、カマガヤは怒鳴った。
「こっちにも撃ってみろ!」
「てめえの射撃じゃハエだって落とせねえよ!」
それを見た一同は、物陰から叫んだり、命知らずにも顔や手を出す者まで現れた。
――舐めやがって。
機関銃を撃っていたゲリラ兵は、歯噛みして狙いを定め、全神経を前方下部だけに集中した。そして、それが彼の命取りであった。
「ヘイ」
あらぬところから不意にかけられた声に、ゲリラは狼狽した。きょろきょろと辺りを見回し、視線が壁に貼り付いてこちらに銃を向ける、ウラヤスに視線が向くのと、彼が手にするサブマシンガンから9ミリ弾が降り注ぐのとほぼ同時だった。
「済みました」
無機質な声。
おおっ、歓声が上がる。
「突撃ィ!」
マクギフィン以下、各小隊付きの下士官が叫ぶのと同時に、数十名近い兵士が階段を駆け上る。
「辺りを調べろ。扉は待て!罠が仕掛けられてるかも知れないぞ。」
「すげえ、M3型の汎用機関銃だ。カスタムしてやがんなあ。あれ……?」
軍隊オタクの二等兵が、グレネードの発射機を見て首を捻った。彼の目にはそれが鉄氷帝国製の逸品に見えて仕方がなかったのだ。――鹵獲品だろうか?にしては新しいが。
彼の思考は、唐突な爆発音で中断させられた。建物全体が一瞬揺れ、そこここから悲鳴が上がる。
「ピアノ線とか仕掛け爆弾のたぐいはなさそうです」
マクギフィン以下、扉を調べていた何名かが言う。ならば、中を調べるほかあるまい。
今の爆発音は、扉の中からのようだし。
カマガヤが汗をぬぐい、タワラマチはヘルメットを直した。
「よし……行こう!」
ドアの取っ手を掴む手が震える。
「動くな!」
「ドンムーブ!」
ライフルを四方に構え、扉の向こうになだれ込む。
「――――自決か」
四人いる小隊長のうち、無口なことで知られる女性がつぶやいた。
先ほどの爆発は手榴弾のものだ。
攻撃ではなく自決だが。
壁に血が飛び散っている。
床には、東陽民国製のカップ麺(おそらく配給品か)の容器や弁当のカラなどが散らばり、窓が開け放たれ、地面に据え付けられるように改良された携帯地対空ミサイルの発射機が、不気味に天を睨んでいた。これでさきほど戦闘ヘリを撃ち落してみせたのだろう。
「報告いたします。建物すべての安全を確保しました。射殺五名、捕虜は大人と子供一名ずつ。我が方の損害ですが――」
そこで、その二曹は言葉を切った。
「戦死が各小隊あわせ五名、重傷が同じく四名であります。軍病院に搬送します。」
戦死――じつに呪わしいその言葉の響きに、場の雰囲気が重くなる。
「カナザワ、ヨシカワ、それにイタクラ。私に言いかけていたことはなんだ。ヘリが撃墜する直前だ。何か言いに来ていただろう。」
どっと疲れたヨシカワたち三人が宿舎に戻ろうとしていたところをマクギフィンが呼び止めた。その後ろにはタワラマチもいる。
「…………」
三人は顔を見合わせた。自分たちにやましい事は微塵もない。しかし、事があまりに大きくなりすぎた。だが、今更やっぱりなんでもないですとは言えない。
数分後。
ひととおりを話し終えるとマクギフィンはいったん席を外し、写真を持って戻ってきた。
「そのガキというのは、コイツか」
捕虜になったという子供の写真――我が軍の兵士が両側から羽交い締めにしている。捕まったときに殴られたのだろうか。頬に青痣が出来ていた。間違いない。あの子供だ。
「遠いし、俺らを見たらさりげなく逃げ出したんでよくわからなかったけど、こいつだと思います」
「よし、一緒に来るんだ。マクギフィン。MPに連絡して――」
そこまで話したところで、
なにやら宿舎内が俄に騒がしくなった。
「どうしたんだ」
「222迫の宿舎で――」
呼び止められた兵士は敬礼もそこそこに、
わずかに顔を強ばらせて答えた。
「首を吊った奴がいる、と。」
“今回ヘリがうち落とされたのは私がげんちの子供によけいな事をしゃべったのが原いんです。
ここに死んでおわびいたします。”
日記に使っていたらしいノートに、平仮名まじりの遺書が書かれていた。案の定、というか、死んでいたのは子供と門越しに話していたあの兵士だった。
結局、タワラマチ以下、四人の小隊長はMPに根掘り葉掘り問いただされ、その日眠ることはできなかった。
「なんで私たちがアイツが首吊った部屋の掃除なの。」
「まあMPに連行されなかっただけでもマシだと思ったほうがいいんじゃないか。」
掃除といっても首つりに際して撒き散らされた排泄物を片付けて消毒をするという
極めてやりたくない作業だ。
ビニール手袋を幾重にも嵌め、大仰なガスマスクを嵌めた姿でモゴモゴとカナザワが文句を言い、イタクラがそれを咎める。
「すみません。名前なんでしたっけ」
「はっ……えっと……スナマチ、です。」
ヨシカワの不意の問いかけにスナマチなる大学生の二等兵、あのえずいていた歩哨の男だ――が戸惑いながら答える。彼もどっちかといえば被害者だろうが、この部屋の掃除役にさせられてしまっていた。
「スナマチ先輩。死んだアイツとは長かったんすか?」
「カサイさんとですか?教育隊が終わってからです。そんなには……」
「ふーん、じゃそんなに心配する必要ないすかね。言っちゃなんだけど、あなたにまで死なれちゃイヤだな、と思って。少年兵を撃ったってのも堪えてたみたいだし」
「俺にそんな勇気ないですよ」
自嘲気味にいうスナマチにヨシカワは無味乾燥に続ける。
「先輩が気の毒ってのもそりゃありますけど。要するに、俺はこういう事するのもうイヤだし、誰かがやらされてる所も見たくないんすよね」
「――はあ。すみません。」
「いや、あなたのせいじゃないし別に謝んなくてもいいですけど。」
どこか棘のあるヨシカワの態度に、スナマチは強烈な薬品臭のする消毒剤を散布しつつ、うなだれた。
扉の外からは、銃殺に赴いた際にゲロを吐いていたハンノウが念仏を唱える声と、それに混じってときおり数珠をすりあわせる音が聞こえる。
人は見かけによらぬ、というが意外なことに彼の実家はお寺さんなのだそうだ。本職のもとに生まれ育っただけあって、説得力のある声色の念仏が鈍色の空に消えていくと、やがて、雨が降ってきた。
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