第6話「閃光音響手榴弾」
「航空機は専門外だぜ――このレバーを引けばキャノピーが開くはずだけどな――」
普段は高機動車やトラックを弄っている整備係の一曹が、墜落した攻撃ヘリの機体、
その側面の緊急時以外触れるなと書いてある黄色と黒に塗られたT字型のレバーを倒して引く。だが、キャノピーはわずかに開いただけだ。
衝撃で変形してしまったためだろう。
「シャベル持ってきたぞ。コイツでこじ開けるんだ!」
爆発の危険も顧みず、その場にいた数十人の兵士たちはこれまでにもないほど一体感を示していた。
ほどなく、シートから操縦士とガンナーが引きずり出される。
「なんてことだ……。」
先日着任したばかりのこの駐屯地の臨時司令、ツダヌマ少佐が呻いた。
「操縦士は墜落のショックだけですが後席に乗っていたガンナーの方は、ミサイルの破片が頭に刺さっていて――
衛生兵によると心肺停止の状態ということです。」
副官の大尉が汗を拭きながら言う。心肺停止、ようするに正式の医者がこの場にいないから言い切れないだけで死んでいるという宣言に等しい。
「ともかく――軍病院に運べ。」
「はっ。」
やられたのは軍人であるそしてここは軍隊である。戦うのが仕事だ。墜落した機体のパイロットとガンナーの回復を、または冥福を祈るよりも、彼らにはやるべきことがあった。
「総員傾注!これより我々はこの駐屯地に所在する全戦力を持ってゲリラが潜伏している家屋を捜索し敵勢力を撃滅する!」
司令の訓示は極めてシンプルだった――あわせて四個の小隊――222迫撃砲小隊は砲撃援護のために突入には参加しないから、三個小隊であるが――は、たちまち、問題の古い洋風の空き家を取り囲んだ。
「降伏しろ!貴様らが我が軍のヘリを攻撃し、撃墜せしめたことは判っている。ただちに投降しなさい。」
五分ほど待っても拡声器の勧告――民国語と合衆王国語の両方にて行われた――に応答はない。まあ、予定調和というやつだ。
「よし、突入しよう。各員初めての実戦だ。十分注意せよ。」
「玄関は溶接で内側から封鎖されているようです。」
「よし、窓からだ。手榴弾を使うぞ。1、2の3だ。2で窓ガラスを銃で割って3で手榴弾を放り込め。」
各小隊の小隊長が指示を飛ばす。
「隊長、俺本物の手榴弾なんて投げてみたことないんですけど。」
「私だって士官学校で一回だけだよ。教官に下手だと言われた。」
ヨシカワの言葉にタワラマチがヘルメットの顎紐を付けなおしながらヤケクソ気味に言う。
「「「イチ、ニー!」」」
乾いた銃声とともに、窓ガラスが割れる音が響く。
「「「サン!」」」
ガコン!カラカラ!一つの窓あたり三個から四個の手榴弾が投げ込まれ、それは数秒後に閃光と爆発音とともに死の破片を撒き散らしていく。
「よし、突入しろ!ガラスで手を切るなよ!」
「我々の小隊は左だ!全部屋を確認しろ!降伏を呼びかけて即座に応じなかった場合、撃ってよし!」
アクション映画のSWAT部隊になったような気分で、突入した兵士たちは散らばっていった。なにしろ大きい洋館だ。部屋を見つけるたびに別れていくので、気付けばあっという間にヨシカワ、カナザワ、イタクラ、それにセリザワの4人となっていた。
「便所だぞ。隠れるには絶好の場所だよな――。」
「いるなら出てこい!出てこなければ射殺する!――クソ、合衆王国語ではなんて言うんだっけ」
「×××××××○○○○!」
怒鳴るヨシカワの言葉をセリザワが流暢な発音で通訳する。このへん、さすがに大学生ということだろうか。王国語もそれなりに勉強したはずだが、情けないことに殆ど聞き取れない。
「いないのか?」
「いや、臭う。トイレの臭いとは違う。人間の臭いだ。」
イタクラが鼻を蠢かしてみじかく言う。
「音と光だけ出る手榴弾あったわよね。」
「ああ、青いテープが貼ってあるやつだったと思う。わかるか?」
カナザワの言葉に、ヨシカワは背嚢を彼女の方に向けた。正確には閃光音響手榴弾という。
「目が潰れても私たちのせいじゃないわよ!」
言って、天井とトイレ個室の仕切りの間から投げ込む。一泊のち、薄暗いトイレの中にさながら超新星爆発が起きたような光が満ちた。
「AHHHHHHHHHHHH!」
ウッドランド模様のまだらの迷彩服――合衆王国軍のものだ!を身につけた筋肉ダルマのごとき兵士が、左手で目を抑えてドアを開けて飛び出してきた。右手にはサブマシンガンを持っている。
「ドロップ・ザ・ガン!」
昔見たアニメで知っていた、ただ一つの合衆王国語を怒鳴る。
しかし彼はその言葉に目を覆ったまま口をゆがめると、
右手に持ったサブマシンガンをこちらに向けるそぶりを見せた。
「撃てぇぇぇぇぇっ!」
四人の敵兵からの一斉射撃を受け、十発近いライフルの弾丸を浴びたその兵士は敢えなく倒れ、あまり清潔とは言えない便所の床に突っ伏した。ゴキブリが一匹、迷惑そうに体の脇を這って逃げていく。
「どうした!――そうか、1人やったか。でかした。負傷者はいないか?」
別の小隊の二曹が駆け込んできて、便所の状況を把握し、言う。
「大丈夫です。」
「ではついてこい。一階は終わった。ガキ一名捕虜を捕まえたらしい。」
ガキ――まさか、今朝営門に来ていたあの子供ではないだろうか?
そんな考えがよぎる。だが、どうも考えを巡らすのは後にしなければならないようだった。
「二階へ伸びる階段が膠着状態だ。」タタタタタ、という連続した銃声が響く。機関銃だろうか?しかし演習などで聞いたことのある我が軍のそれとは少し違う気がする。ということは、撃っているのは敵だということだ。
「奴ら機関銃を据えていやがる。近づけんよ。」
「おい、どうしたしっかりしろっ!」
撃たれたらしい、血だらけになった兵士が引きずられていく。衛生兵が必死に声をかけているが――――
はっきりいって、素人目にもどうしようもないことがわかる怪我だ。――うちの小隊の者だろうか?
状況を確認してヨシカワは呻いた。なるほどこれは厄介だ。ぺーぺーの二等兵である彼にも一目でわかるほどに。洋館特有の踊り場がないタイプの階段であるから、
登り切ったところに機関銃を据えたら上ってこようとしている奴は撃ちたい放題というわけだ。おまけにグレネードランチャーも設置されており、ときおり“ポン!”というマヌケな音とともに、悪意と殺意の塊が放たれ、破裂していく。
機関銃とグレネードを操作しているゲリラは、
笑みさえ浮かべていた。
「クソ!死傷者が増える一方だ。対戦車ロケットがあれば――」
タワラマチは歯噛みした。その対戦車ロケットも含め、輸送ヘリが持ってきてくれるはずだったのだが、今言っても仕方がない。
「狙撃しようにも手すりがうまいこと死角になってやがるんだよな……」
スコープの付いた98式小銃をかまえた別の歩兵小隊の隊長がタワラマチに言う。
そのへんも考えてこの配置なのだろう。
「ごめん!遅くなった!」
やや太り気味の、しかし大学の数学部所属という
222迫撃砲小隊の隊長が、一人の上等兵――
なぜかサングラスをかけている――を伴ってやってきた。
「ウラヤスくん。君が人に見せたがらないのは判るが、
この状況を打開するには、君に頼るしか――」
「わかってます隊長。」
彼はそう言うと、サングラスを外した。瞳孔が縦に割れている。半長靴を脱ぎ、グローブも外すと、おもむろに壁にへばりつく。普通の人間がそんなことをすればズリ落ちるだろうが、彼はそのままくっついて見せた。――獣の特徴を有した種族としては、イタクラのような狼の特徴を有した者が有名で、他にはキツネ型や猫型などがおり、哺乳類が中心だ。だが――ごくまれに爬虫類型がいるのだ。彼もその中の一人で、ヤモリの特徴を有しているようだった。
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