第8話
一週間後。
「すみません。こんなことで、俺だけ部隊を離れて後方へ、だなんて……」
「何を言うんだマゴメ。名誉の負傷だ。胸を張りなさい」
「後方へ付いたらこっちへ手紙を送ってくれ。ただし機密は書くんじゃないぞ」
タワラマチが、松葉杖をついた兵士の肩を叩き、マクギフィンが慣れない冗談を言う。
彼は先だってのゲリラ討伐戦で負傷し、兵役期間を終えるまで後方勤務に転属することに決まったのだ。もっとも無言の帰国を果たすことになる者もいるのだから、彼はまだラッキーだが。
「あいつ、学校じゃ陸上の選手だったらしいけど、復帰できるのかな」
ぽつりとつぶやいたヨシカワの後ろで、自分の両手を見つめている者がいた。セリザワだ。
「セリザワさん。どっか怪我したんですか?」
「いや……。私の場合は足じゃなく手だけど、彼の今の気持ちがよくわかるなって思って、さ」
彼女は漫画家だ。それが例えば利き腕を失ったとしたら、生物学的には死ななくても死んだようなものだろう。
「聞いたらムカつかれるかも知れませんが、なんで志願したんですか?」
例えば大昔の戦争みたく、収集令状が舞い飛ぶような状況ならともかく
この戦争はそこまでではなかった。
とくに彼女は結構頭のいい大学だったはずだ。
「私が月刊誌に連載を控えていることは話したっけ。」
「はい。」
「本当は私は連載などできないはずだったんだ。
この実力じゃちょっと厳しいと編集長にもはっきり言われてる。
つまり――繰り上がりで連載出来るようになった。」
繰り上がり――彼女の上にいる誰かが居なくなった、ということか。
「戦死なさったんですか?」
「二人ほどね。一人は輸送船が対艦ミサイルでボカチン。もう一人は厳密には死んじゃいないが仕掛け爆弾――IEDというんだったかな。あれで利き腕をやられた。救いようがないのが――」
彼女はそこで言葉を切った。
「二人ともやはり志願だったということさ。志願じゃ誰も恨めない。連載がキツくて抜け出したくなったか、戦場での暮らしがマンガのネタになると思ったか、それは今となっては判らない。」
ぎゅう……と手を握り込む。
「それで焦った編集部が私に声をかけたんだ。だが、そんなんで連載を貰っても棚ぼたとか、人の不幸でのし上がったとか言われるだろう。私が志願したのはこれが理由だ。イタクラ君とカナザワさんには言えないな。二人からしたらこんな理由はバカにした話だろ。」
確かに、イタクラとカナザワは軍隊で国家に奉仕したという証や任期満了に伴って支給される金を何よりもほしがっている。
「別に志願する理由にいいとか悪いとかはないんじゃないすか。二人も怒りゃしませんよ。」
話す二人の視線の先で、二台のトラック――一台は負傷・転属組を乗せて後方の基地へ、もう一台は、名誉の戦死を遂げた者たちを本国へ送り届けるために、空港へ向かう――が、門を出て行った。
それからあっという間に十日ほどが経った。
ヘリの一件以来、次々に対空ミサイルなどの防衛装備が運び込まれ、正門には機銃座や車止めが据えられ、基地は大きくなっていった。
「今度は戦車部隊が移駐してくるらしいぜ。」
「兵舎も増築されるってよ。」
下士官たちの声が廊下に響く。
「戦争が終わったなんてウソみたいだな。」
ヨシカワは、日を追うごとに様変わりしていく基地周辺を頭の中に描きつつ、つぶやいた。
「あ、繋がったぜ。」
電化製品に詳しいオオジマがラジオをガチャガチャと弄りながら言う。そういえば、一昨日壊れたということで廃棄処分になった品を拾ってきていたな――
しかし、流れてきたラジオは面妖な内容であった。
《合衆王国民よ、武器をとりなさい……我々、最期の騎士団は……ハルカナシティで最期まで戦います――》
女の声だ――かなり雑音が混じっている。ハルカナシティ。この首都から大陸中央部へだいぶいったところにある高山都市であった。
そこに合衆王国軍、特に王国軍派の一党――噂では大隊規模がいるらしいが――が逃げ込んで抵抗を続けているという噂は本当なのだろうか。
「最期の騎士団だってよ。中二病もいい加減にしろよな」
オオジマが吐き捨てるように言う。
ヨシカワも無言で同意していた。負けたのだからさっさと降伏すればいいではないか。
そこまで考えて彼は我が東陽民国軍は、(大なり小なり戦時犯罪を犯した者が被告であるとはいえ)ほとんどオートマチックに銃殺という判決――それも、人類の平和に対する罪だとかいう極めて抽象的でフワッとした罪状でだ――が下る軍事法廷をフル稼働させているが、そのせいで降伏してこないのではないか?という考えに至りかけた。
それはほぼ正解に近い想像であったが、ヨシカワは思考を中断した。
所詮自分には、一介の二等兵であるヨシカワ・コタロウにはどうしようもないことだ。考えてもムダだろう……。
「ヨシカワ、買い出しにいかないか。」
「カナザワはどうしたの?」
「新しく移駐してきた小隊にふたなりの兵士がいる。そいつの話し相手になってやってくれって、少尉の命令があったらしい。でもそろそろ帰ってくるはずだから、それからにしようか。」
「へえ、そりゃいい。」
カナザワは、確かに色々と倒錯しているところもあるが、面倒見のいいタイプでもあった。
「お、戻ってきた。」
「ありゃあ、軍病院からの高機動車じゃないか?」
その四輪駆動の高機動車は、側面に赤十字が書いてあって白塗りで一目で軍病院の物とわかった。軍用車両と言うより、救急車にみえる。
「ありがとうございます。」
運転兵に一礼してカナザワが高機動車から降りる。
「よーうカナザワ。疲れてなきゃ買い出し行こうぜ。」
「あー、いいわね。でもちょっと手洗って予備の作業服に着替えてからにしてほしいわ。」
「そういやなんかお前――栗の花の臭いっていうか――まさか……。」
「――病院、行ったんだよな?」
「これにはワケがあるんだってば!」
彼女には珍しい、頭の痛そうな顔で言う。
「ま、要するにさ。とかく私みたいなのは苦労が多いわけよ」
「知ってるよ。大変だと思う」
「俺より深刻なところもあるよな。
獣耳族にもそれなりの苦労がある、だが基本は一族で固まることの出来る彼らに対し、ふたなりは突発的に産まれる事が多い。
それだけ迫害されるし、同じ仲間を見つけるのだって一苦労なのだ。
「こんなとこにいると色々と溜まるし、ね。」
民国軍の兵士を露骨に避けて歩いて行くブロンドの髪を布で隠した女性を目で追いかけ――ほんの一瞬だが、物欲しげな目を向けたことにヨシカワもイタクラも気付いたが、スルーした――彼女はぼやいた。
実際、色町に行かせろと言ってきかず、小隊長にブン殴られた兵士がよその部隊にはいるらしいという。
「この店行ってみるか。」
基地の近くの商店は、おおむね民国軍に好意的だ。そうでなければ基地のそばから退去しているだろう。その認識は正しい。だが、物事にはなんでも例外があるのだ。とくに人心というものが絡むとなれば、なおさらだ――
「ウチは民国軍なんか相手にしねえ、帰れ、黄色い猿め」
若いその店主は吐き捨てるように言い放った。―――差別であることはあえて言うまでもないだろうが、戦争に負けた側である彼らには今や何らの暴力の裏付けもないのに、なぜ勝った側の自分たちにこういう態度をとってくるのかヨシカワには理解が出来なかった。
だが、店主の対応は店の中にいる客の支持を受けているようだった。金髪、あるいは赤毛に金色や青い目をした客たちが“その通りだ。さっさと出て行け”という追従の笑みを浮かべてこっちを見やっている。
――二等兵ばかりの三人だから舐められているのだろうか?だが、ヨシカワたちは自分たちが勝った側の進駐軍だということを引っかけたくはなかった。それは別に三人が非暴力主義者だからとかではなく、東陽民国が戦争に勝ったという事実に対し、彼ら三人はなんらの貢献もしていない、ギリギリとはいえ、戦後に軍隊に入ったという負い目があったからだ。もっとも相手にはそんな微妙な配慮は通じていないようであった。それが証拠に、勝ち誇ったようにこっちを見ている。
「……あっそ。」
付き合うだけムダだ。それだけ言うと、ヨシカワはきびすを返した。こんなところさっさと出て行くに限る――
だが、直後の一言が彼の足を止めた。
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