7:”彼”の伝記

 一日の仕事が終わる頃には、何故か私の周りに人だかりができていた。

 レイラが私とヴィクトールの腕試しを吹聴して回ったらしく、しかもヴィクトール本人も相当堪えているようだ。

 

「単純に力負けじゃないのが悔しいんだよなぁぁぁぁ!!」


 と、部屋の前を通りがかったときに彼が叫んでいた。


「ねえジュリア! もしかして凄腕の傭兵だったりするの?」


「暗殺者とかじゃない? だって無口だし、黙々と悪いやつ倒してそう!!」


「……話せません……」


「きゃ~! やっぱり謎のメイドなのね~~!」


「……」


 メイド仲間のおばさ……お姉様方からはこんな調子だ。

 城の警備兵すら、ギネビアの剣術大会で上位に入ったこともあるヴィクトールをあっさり倒したことに敬意を表してか最敬礼をしてくるし……チヤホヤされるのは嫌いではないけれど、恥ずかしい。


「はぁ……」


 そんな喧騒を逃れ、書庫の片隅で一息つく。

 天井高くびっしり積まれた広い書庫は、ギネビア王国最古参の大貴族アレクサンドロフ公爵家のもっとも重要な財産だと、ヴィクトールが言っていた。

 ギネビアの言葉で書かれた本がずらりと並び、会話はともかく文字は簡単な読み書き程度の私に読めるものはなさそうだと思っていたのだが。


「……オリオン語の本がある?」


 私の目の前の一角に数冊オリオンの言葉が並んでいて、許可なく読むのもどうかとは思うけれど、なんとなく手に取ってみた。

 開いてみればインクの香りが鼻につき、買ったは良いものの読まれていないものだと気づく。


「『龍殺しの一族』……ふっ……なんて偶然なのでしょうね」


 私の一族、エッケザックス家についての本を取り出したのだと、偶然のいたずらに思わず苦笑いが出た。

 目次には昔の当主と討伐した龍たちの名前が順番に連なっている……伝記のようなものだろう。

 祖母や父の名前もあったがその後ろ、私の名前があるはずの順番に、見覚えのある別の名前があった。


「……『アルベル・エッケザックス、邪龍ドラコ・アル・マーキを討伐』……」


 私を陥れた幼馴染の婚約者。思い出したくもない顔が頭にちらつく。

 冷え切った頭でページを捲り”彼”の伝記を開いた瞬間、私の目は釘付けになった。


「……アルベル……ヤヌス……ライオラ……邪龍を討伐した三人の勇者たち……」


 ”彼”と、私の仲間だった二人の冒険譚だ。

 聖剣の勇者に選ばれたアルベルの功績が美しく記述され、彼の副官であったヤヌスの素晴らしい助言や戦略が称えられ、ライオラがいかに偉大で優れた魔法使いだったかが詳細に記述されていた。

 心の何処かで本を閉じろと叫んでいるのを押さえつけ、私は読み進めていく。


「……ふ……くくく……」


 物語が佳境を迎えると、笑いが止まらなくなった。

 私のことを全て彼に置き換えた胡散臭い伝記は、実に愉快な展開を放り込んできたのだ。


「人間に化けていた邪龍の眷属、ジュリア? アルベルに人間のふりをして近寄り、色仕掛けをした? ふふふ……面白いことを書くんですね」


 魔獣としての本性を表した私には、どうやら角が四本も生えているらしい。

 彼は私の色仕掛けを振り切り、私が何度も襲いかかっても屈せず、やがて囚えて牢獄に封じ込めたらしい。

 そして眷属を失い弱った邪龍を一騎打ちで仕留め、王都に凱旋し王女と結ばれたそうだ。

 ああバカバカしい。本当に……本当に腹立たしい。


「はは、面白いですよアルベル。貴方は私に嫉妬していたんですね」


 乾いた笑いが口をつく。

 実際は私から全てを盗んだ男が、私の功績をそのまま誇っているのは本当に愚かだ。

 剣も魔法も凡人のくせに劣等感だけは一人前の小悪党が、こんなにも自分を大きく見せている。

 それはとても愉快な物語だと、いつか遠い昔に焼けて失くなったはずの憎悪が暗く燃え上がり始めた頃、書庫の扉が急に開いた。


「あれ? ジュリアが書庫に入るのを見たって聞いたんだけどな」


「ヴィクトール様? 何か御用ですか?」


 ヴィクトールの声に、私は今メイドをやっているのだったと思い出す。

 慌てて本を片付け何か用かと聞き返すと、彼はカツカツとこちらに歩いてきた。


「ああ、いたいた。オリオンからの貿易商が来てるんだが、せっかくだし見に行かないか?」


「え、えぇ。はい」


 ……伝記の事はさておき、一旦仕事に戻ろう。

 そう考えて彼と一緒に城を出ると、城下町の広場には市場のようなものが出来上がっていた。






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