6:慣れない仕事、慣れた仕事
「だー!! ジュリア、それじゃあシワになるでしょ!! ちゃんと伸ばしてから干して!!」
「……破れてしまうのですが」
「うがあああああ!! 力加減んんん!! どうやったら破れるのよ!?」
「申し訳ありません……」
まずはメイドの仕事を学ぶ所からと、アレクサンドロフ城に仕え始めて三日ほどが経った。
ヴィクトールのシーツを干しながら、私は今日もレイラに怒鳴られている。
ちょっと力を入れて枕を叩けば羽毛が飛び出し、シーツを干そうと伸ばせば一瞬でちぎれ飛んでしまう。
寝具がこんな繊細なものとは思っていなかったが、よくよく考えれば自分で洗濯をするなど初めてだ。
かつて身の回りの世話をやってくれていた方々には、本当に頭が上がらない。
「美人は何しても許されるってのは事実だけど、ここまで加減の利かない子だとねぇ……やっぱ薪割りしかないわ……」
「……反省しております」
「ちゃんと敬語使えるし、真面目なのは良いんだけどねぇ」
肩を落とすレイラに指示をされて、結局裏庭で薪を割ることになった。
メイド長である彼女直々に教育係をしてくれているのに、肝心の私がこの有様だとは本当に申し訳ない。
我ながら昔はこんなに不器用でなかったと思うのだけど、長年の牢獄生活で頭と身体がバラバラになってしまったのだろうか。
まずはそこから回復させなければと、パカパカ割れる木材の山を無心に積み上げていく。
夕方までの目標をあっさり終えると、ちょうど太陽が真上に来た頃だった。
「ジュリア、精が出るねぇ。お茶持ってきたよ」
「……ヴィクトール様。ありがとうございます」
「いやー、謎の美人馬鹿力メイドさんはすっかり我が城の人気者だ。彼女が僕のシーツで作った雑巾は、中々評判がいいらしい」
「……」
私の様子を見に来てくれたのか、ヴィクトールは半笑いでカップを置く。
からかわれても仕方のないことは自覚しているし、まぁもっと言われてもおかしくない。
だから反論はせず静かにカップに口をつけると、爽やかな柑橘の香りがした。
「……懐かしい香りがします」
「それは良かった」
故郷の味だと、胸が熱くなる。
オリオンの特産品、それも私の故郷エッケザックス領で採れるシトロネラの茶だ。
幼い頃から大好きだった爽やかな香りは、私の鼻を突き抜けていく。
失礼ながら淹れた人はあまり上手くないのだが、幸せだった頃の懐かしい思い出が蘇る味に、私は自然とため息をついた。
「城には慣れたかい? まだ三日だけど、君は中々評判がいいよ」
「……皆優しくしていただけるので。ですが、私は失敗ばかりです」
「向き不向きは誰にでもある。現に薪割りは得意みたいだし、今のところサボらないだけで十分かな」
「……これから、努力します」
苦笑するヴィクトールからなんとかして褒めようとしてくれているのが伝わり、申し訳ない気分に顔を背ける。
彼を救いたいなんて気持ち以前に、この先ちゃんとやっていけるだろうかと不安に襲われていると、彼は軽く指を弾いた。
「レイラ、アレ出して」
「旦那様ったら、ジュリアがいくら馬鹿力でも女の子ですよ? 剣で腕試しだなんて……」
「あはは。それはどうかな」
パチンという音にとっさに視線を送ると、レイラが大きな荷物を抱えて立っていて……するすると包を剥がすと、訓練用の木剣が二本出てくる。
彼が一本取って軽く振るい、もう一本を投げてきたので受け取った。
「得意な事と言えば、こっちはどうだい?」
訓練を受けていたかどうかというのは、歩き方や身のこなしで分かるものだ。
どうやらヴィクトールは私を観察して気付いていたようで、腕試しに誘ってきた。
……ごまかしても無駄だろうし、適当に華を持たせよう。
「ほんの付け焼き刃程度ですが」
「いいねそのセリフ。実に強そうだ」
見たところ彼もそれなりに腕は立つと思う。
肩の力は抜けているし、しっかりと腹に力を入れて私を正面に捉えた良い姿勢だ。
基本はできているようだし、まぁ負けても違和感は無いだろう。
「……では」
「ああ。剣術大会で八位に入ったことがあるからね。手加減とか考えるなよ」
八位とはまぁ、高い方だとは思うがどうなのだろう?
そんな風に一瞬気が散った瞬間、身体強化の魔法を呟いたヴィクトールが先に動く。
数回剣戟を交え力量を推し量ると、確かに基礎を固めた良い剣士だと分かった。
しかし、応用はどうだろう。
「そこッ!!」
軽く脇を開いてわざとスキを作ってみれば、狙い通りにちゃんと突きを差し込んできた。
飛び込んできた剣の腹を拳で打ち付け脚を払い、あっさり姿勢を崩した彼の首筋に木剣を……あっ。
「くっそ……魔法もなしに……やっぱり強いじゃないか!!」
「……申し訳ありません」
完全に条件反射で勝ってしまった。
気まずくて頬はひくつき、背中から冷や汗が吹き出す。
ヴィクトールとレイラにしっかりと見られて、私は固まっていた。
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