第3話

「良いですか。ハナさん」

 は、何度でも繰り返し、幼子に言って聞かせた。

は、ハナさんの本当のではないのです。乳母うばと言って、ハナさんのかかの代わりにお乳を分けてやったのです」

 そして、何度でも私の目には、涙が込み上げてくる。

「だから、やっちゃんとも、本当のきょうだいではないのね」

 言っていて、哀しくなってくる。かかは困った顔をして、首を傾げる。

「でもね、ハナさんはかかの可愛い子供ですよ。やっちゃんも、ハナさんを本当の姉妹のように思っています」

 かかに抱きつく。大きなお腹のかか。

 第二子の妊娠。やっちゃんは、正真正銘の姉になるのだ。私みたいな、嘘の妹ではなくて、これから血の繋がったきょうだいが生まれてくるのだ。

「きっと、赤さんが生まれてきたら、やっちゃんはハナのことを忘れてしまうわ」

 やはり、哀しくなってしまう。かかが、鼻紙を当ててくれる。

「大丈夫ですよ。赤さんが生まれてきたら、ハナさんもこの子のお姉さんになるのです。素敵なお姉さんが二人もあって、この子は幸せ者ですね」

「本当。ハナも、赤さんのお姉さんになるの」

 そうですよ。そう言って、かかは笑った。


 それから少しして、かかはハナのお家に戻ってきた。ハナとやっちゃんは、お姉さんにはなれなかった。赤さんは、男の子で、「生まれていればなあ…」とみんなが、同じ言葉を言った。やっちゃんは、遠くの親戚に貰われていった。

 かかは、もう以前のように娘らしさを残してはいなくて、幽霊みたいにお顔が白かった。

「かか、お帰りなさい」

 笑顔でそう言うと、かかは膝を折り、ハナを抱いた。

 かかの子は、ハナさんだけになってしまいました。かかが、呟く。

 どうしてだろう。やっちゃんは、ハナのきょうだいだからか知らん。ただ、とてもかかの元気のないことだけが解った。

 私は父に許可を貰い、改装したばかりの自室にかかを連れて行った。かかとやっちゃんと赤さんといっしょに遊ぶための部屋。

 その日、久方振りに、かかと同じ布団で寝た。

 次の日、いつもは早起きのはずのかかが、朝になっても眠り続けていた。昨日、父から言われたことを思い出す。

 かかは、疲れているようだから、よく休ませてあげなさい。

 音を立てないように、よくよく注意して、朝の支度を済ませた。それから、一人、朝ごはんを食べに行く。少し残念だったけれど、きっとお昼ごはんはいっしょに食べられるだろう。赤さんは残念だったけれど、少しお姉さんになったところをかかに見せたい。

 しかし、その願いは叶わなかった。

 かかの旦那さんが迎えに来たのだと、兄から教えてもらった。

「そうね。やっぱり、かかも、本物の子供が良いのだわ」

 また、女中が亡くなったらしい。いや、あそこの家は、女中だけでなく、先妻と後妻も…。

 誰かが、噂していたっけ。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る