閑話 進路先が嫁の生徒VS担任教師

 これは台風襲来とテスト期間の間の話です。

 ――――――――――――――――――――


「先生、待たせてる人がいるので簡潔に済ませて頂けると嬉しいです」

「分かりました。でもそれは東堂さん次第ですよ?」


 透華は昼休み、担任教師に進路についての話があると呼ばれていた。


「わかりました」


 早く話を済ませる目処が立っているのかクーラーのスイッチも入れないで空き教室の真ん中あたりの席に二人は着席する。


「単刀直入に話を始めます。東堂さん、本当に大学に行く気はないの?」

「はい。私は大学に行かずに嫁入りします」

「大学に行かないのなら行かないで良いのだけど、何かちゃんとした進路を書いて欲しいの。流石に私も進路指導の先生達に私のクラスの生徒の進路希望は社長夫人ですなんて言えないから」


 透華は正樹に永久就職して欲しいと言われた日には進路希望用紙に社長夫人と記入し、翌日の朝のSHRに他の生徒と混ざって提出していた。


「じゃあなんで先生は私が進路希望用紙を提出した日とか翌日とかに呼ばなかったんですか?」

「私も色々仕事が溜まっていて、みんなが提出したのを確認してからそれぞれの進路希望用紙にしっかり目を通そうと思っていたから」

「そう、ですよね。先生、卓球部の顧問もしてますし、忙しいのに無理を言ってすみません」


 透華はとにかく正樹の元へ行きたい一心でカリカリしていたが先生にも先生の時間がある事を理解し、詫びる。


「いえ、良いのよ。じゃあどうする? 今はまだ二年生だし、一旦大学に行くという体で話を進めておくっていうのもありだと思うけど。三年になる時に進路が変わりましたって言えば他の道も選べるし……どうかな?」

「わかりました。でも、長期休みにある難関大学向けの特別講義には出なくて良いんですよね」


 正樹と透華の通う高校には難関大学進学用のコースがない代わりに春休み、夏休み、冬休みに難関大学志望の生徒に向けて特別講義がある。


「それは志望する大学によるかもしれないけど。まぁそれはまた今度相談しましょう」

「わかりました。なら今は大学進学するっていう事にします」

「それじゃあ東堂さん、志望する大学はどうしますか? 今の成績のまま維持できるのであれば地方国公立は合格圏内だた思うの。だからそのレベルを志望校に選ぶのも良いんじゃないかな」

「では一番近い地方国公立でお願いします」


 透華は提案された事に条件を付けて即決する。


「わ、分かりました。そんなにあっさり……。本当に建前上の志望校なのね」

「はい。私はもう将来を決めているので」


 透華のそう発する声はキリッとしたものだったが表情は正樹の事を思い浮かべているのか顔を綻ばせている。


「高校生にして社長夫人としての将来を決めている……。ほんっとに人生って不公平……。私だって言われた通り勉強してそこそこの大学に通って、そこそこ安定した生活を送って未だに出会い無し……」

「先生もこれからきっといい出会いがありますよ!」

「だといいけど……。じゃあ東堂さん、社長夫人になるとして有益な事が学べそうな学部がある近場の大学を調べておくからまた呼び出しても良いかな」

「わ、わかりました……私も一応調べておきます」


 透華は若干ムスッとした表情を浮かべて片頬を膨らませるが了承した。


「色々考えて頂きありがとうございます」


 最後はお礼を言って透華は正樹の元に向かう。


「ほんと、青春って良いなぁ」



 ◇◇◇


「社長夫人になってまーくんの私生活だけじゃなくて仕事も支えるっていうのもアリだよね……。そうなったらやっぱり経営学とか秘書学とかも学んでおいた方が良いのかな」


 透華は空き教室から出て正樹に会いに行く為に廊下を歩きながら独りブツブツと呟いた。

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