第3話 勉強会、家には二人
「結局、まーくん寝ちゃってたね」
「うん。睡魔には勝てなかった……。起きて続けたかったんだけどね」
「隣だったら起こしてあげられたのになぁ」
放課後になり、学校から家までの方角が大体同じなのでいつもと変わらず俺は透華と一緒に下校している。
「今日は勉強会するか!」
「じゃ、じゃあまーくん。今日は英語と数学の復習しよ?」
「お、英語なら教えられるから、何でも聞いていいぞ。午後の授業で寝ちゃったけどその分回復して元気だし」
英語と数学、それは俺と透華がそれぞれ得意な科目である。
ここ数日無かったものの、以前まではほぼ日課になりつつあった勉強会をする事で放課後の予定は埋まった。
「今日はどっちの家で勉強する?」
「じゃあ、今日はまーくんの家がいいな」
「了解! 休憩のおやつを買ってから行こうか」
「うん!」
母さんが余計な事しませんように。
◇◇◇
「……そうそう、そこに入るのは名詞じゃないとダメだから動詞を動名詞に変形させて」
「あーそうだよね、動名詞。いっつも忘れちゃう」
「慣れだよね、言語は。……あ〜そこ? その問題はifとwouldがあるから仮定法だって分かるよね、ってことは何が当てはまりそう?」
俺は英語が並の同級生よりも出来る。
経営者になった時、英語でも円滑に取引出来るように、と英才教育を受けて育ったからだ。
◇
「やったぁ、英語の復習問題終わりーー」
透華は恥じらいもなしに『ん……ん〜っ』っと色っぽい吐息混じりの声を漏らしながら目のやり場に困るような伸びをする。
「復習の復習もまたしないとだけどね」
透華の仕草にドキッとしてしまい俺はすぐ話題を逸らす。
「次はテスト前とか?」
「うん。他の単元も習うだろうし、その新しい単元の復習とかもする事になるだろうからここの復習はもう少し先で良いね」
「わかった。……ふわぁぁ」
伸びに続けて透華は欠伸をしているので俺は休憩を提案する事にした。
「透華、お疲れ様。じゃあ一旦休憩する?」
「……そうだね。買って来たお菓子食べよう」
勉強道具一式を机の端にずらして、開けずに用意していたポテトチップスをパーティー開けで机の真ん中に置く。
「じゃあ俺、買って来たジュースを取ってくるよ」
「うん、わかった。……私は何をしていたらいいかな?」
「問題解いて頭も使っただろうし、休んでいて良いよ。おやつも先に食べてて良いから」
◇
俺は買って来てすぐに冷蔵庫に入れていた1.5Lのコーラを取り出す。
「今日は母さんが出掛けてくれていて良かった」
今までは俺と透華が家で何かをしていても干渉してくる事はなかった。
けど、今朝の事もあるしこれからは母さんと透華を二人きりにするのはなるべく避けたいな。
コーラをコップに並々まで注いでペットボトルは再度冷蔵庫にしまい、ジュースと共にポテトチップスを食べる時に使った指を拭く為のウェットティッシュを持って部屋に戻る。
扉を開くと透華はさっき端に寄せた筈の問題集に目を通していた。
「休憩していて良かったんだぞ?」
「あ、うん。でも最後にもう一度だけ目を通しておこうかなって思って」
「透華は勤勉で偉いな。……でも、今からは休憩しよう。ポテチが一袋なくなるまで。集中維持には休憩も必須だから」
「えへへ、そうだね。でも休憩が終わったら次はまーくんが数学を復習する番だよ」
褒めた時の笑顔は可愛らしく、俺も頬が一瞬綻んだが数学の復習と聞いて顔がムッとなってしまった。
ポテチを食べ、コーラを飲みつつ雑談をする。
最初は一番の得意科目以外に最近得意になった科目はあるか、最近のマイブームは何か、など他愛ない話をしていた。
しかし、徐々にその話題は変わっていった。
「……その、どうして急にあんな事言ってくれたの?」
あんな事……それは恐らく『永久就職』の事で間違いないだろう。
どうしよう、正直に間違いだったと言ってしまっては透華は傷つくかもしれない。かと言って嘘を吐くのか?
嘘を吐かずに、且つ傷つけない様に……。
「えーっと、透華が進路に迷っていたから……?」
うん。嘘は言っていない、それに傷つける発言にもなっていない。
透華には申し訳ないけど、今はこのままこの関係を続ける事にしよう。
透華を傷つけず、嘘も言わずに纏められる方法が見つかるまでは。
「そ、そうなんだ。へへっ、私が迷っていたからか……」パクパクパク
赤面した透華がポテチを食べる手を急激に加速させた。
見る見るうちに袋の中のポテチは無くなっていく。
「……あ、あれ、透華さん?」
「へ?」
透華が気付いた時には既にポテチはなくなっていた。
「あ、ごめん……」
「全然良いよ。俺もしっかり食べたし。じゃあコーラを飲み終えたら勉強再開しようか。……数学だけど」
「頑張って教えるね!」
◇
「相加相乗平均はまず公式とテンプレの解き方を覚えないと……でも覚えればスッと理解できるようになるはずだから」
「うわー……頭が痛くなりそうだな」
「ならっ!」
透華が急に俺の背中に飛びついて来て、俺の背後から腕を掴んで来た。
「ちょっ! な、な、何してんの?!」
「良いから良いから」
透華は俺の腕を掴んでシャーペンを持った俺の手でノートに何かを書き始める。
「私がまーくんの手で書くやつを読み上げてくれる?」
俺は透華の柔らかい胸が首辺りに当たって、それどころでは無かった。しかし、何とか理性を保って透華が書いたものを読み上げる。
「a+bダイナリイコール2ルート……ってこれさっきの公式か」
「そうそう。こうやって強烈な印象と一緒に記憶すると定着する率が上がるの」
な、なるほどな……にしても胸まで当ててこなくても。
「じゃ、じゃあこのまま一問解いてみよっか」
俺の身が持たない気がするんだけど……。
◇
なんやかんや今日の分の勉強会も無事終わり、透華は帰る時間になった。
「まーくんはその、また、今日の事思い出して復習しておいてね」
恐らく自分でも密着して居たのを今になって照れているのであろう。
顔も赤くなって、言葉も詰まっている。
「うん……まぁ頑張ってみる」
「絶対だよ? まだ定期テストまでに時間はあるけど赤点補習なんてなって欲しく無いし」
透華の家は隣では無いがすぐそばにあるので家まで送るわけではなく、姿が見えなくなるまでその場から見送った。
「スキンシップ……か。もしこのままの関係が続いて、結局結婚まで行ったら何れはそういう事も増えてくるんだろうな……」
透華、頑張って関係を進めようとしてくれてるんだよな。俺がガッツリ行かないから……お昼も作ってもらったり、スキンシップも透華から。
でもまだ俺からはガッツリ行けない……。
「まだ考えさせてくれ」
透華の姿が完全に見えなくなった後、俺は透華の家の方へ向かって呟いた。
◇◇◇
「ど、ど、ど、どうしよう。私大胆すぎたかな? 急にバックハグみたいに密着しちゃった……」
家に帰宅し、自室へ入った透華は自分がした行動にあたふたして居た。
「で、でもまーくんと結婚するならそういう事も増えるんだもんね。これは婚約者としては進むべき一歩だったと思う。うん」
自分の行動が今の自分の立場からすれば正しいと肯定する事で透華は冷静になろうとするが——
「絶対胸、当たってたよね? まーくんも途中からは平静を保っていたけど最初はビックリしたてたよね? 可愛かった。でも、やり過ぎた……? 軽い女だと思われちゃったかな。やっぱりあの話は無しでって言われないよね?」
——情緒不安定になっていた。
「……あのドキドキしてるまーくんの写真も撮りたかったなぁ」
胸を当てられてビックリした様子の正樹を撮っておけば良かったなと思う透華であった。
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