第2話 嫁ムーブ開始

 こっからどうすればいいんだ……。


 メッセージのやり取りは『お大事に』『二つの意味でありがとう!』で止まっていてそれ以上は何も進展してない……。


 透華は永久就職の意味を知っていたって事だよな……。そりゃ透華も顔を赤くして家に帰るわ。


 誤解を解くべきか、もしくはいっそ吹っ切れて妻としてそばに居てもらう事にするか……。

 二つの意味って事は喜んでるよな、だとしたら伝えた時ヘコむかもしれないし。気軽に伝えるべきではないか……。


 悶々と考え続けるだけの長い夜が続いた。



 ◇◇◇


「結局、何にも連絡出来なかった……」


 既に日は昇ってカーテンの隙間から光が部屋に差し込み、寝ずに夜を明かした事を知らせてくる。

 早朝と呼ぶには少し時間は経過しているものの学校へ行くまでの時間的余裕はある。


「あー、朝だ」

 一晩考えた結果、俺は直接会ってから話をどう持っていくかを考えることにした。


「さっさと用意して今日は早めに学校行ってみるか」

 会うにしても出来るだけ早く会って伝えた方が透華も傷つかないだろうし、話も広がらないだろうからな。


 学校に行く為の身支度を済ませて二階の自室からリビングに下りる。



 ◇



「……可愛い! まーくんのお風呂シーン。これが一人でお風呂に入るようになった頃のまーくんですね」


 ん? 俺のお風呂? どういうことだ。


「そうそう、透華ちゃんと一緒に入る前の写真なんだけどね」

「もう入ったっていう記憶しか残ってなかったです。あの頃のまーくんの裸なんて忘れてました」


 階段を下りてリビングに入ると二人並んで椅子に座り、興奮した様子で机に向かっていた。


「それでこっちが初めてトイ——」


 バタンッ

「そ、それ以上はダメ。禁止」


 いつの間に引っ張り出してきたのだろう、庭の倉庫にあった筈のアルバムを母さんと透華が一緒に眺めていた。


 てか何で透華が朝から俺の家にいるんだよ!


 俺は危機感を感じてすかさずアルバムを閉じたがもう俺のお風呂に入っている姿は透華の脳裏には焼きついていたようで……。


「まーくんの、なんか可愛かった」


 終わった。俺、もうお婿さんに行けないよぉ。



 ◇◇◇


「じゃあお義母さん、いってきます」

「行ってきます……」

「はい、行ってらっしゃい」


 ただでさえ寝ていなくてテンションが上がらないのに朝からあんなハプニングが起こったら俺、完全に気分ダウンだよ。


 昔は一緒にお風呂に入ったこともあった。だからお互いの裸は一応は見合っている。

 しかし、それは子どもの頃の話なだけで、今再認識するのは違うだろう。

 そもそも俺の方はもう透華の裸なんてもう忘れてしまって記憶に残ってないし。


 大体、を見た感想が可愛かっただぞ!

 もちろん過去の話なのは分かってるし、アルバムの写真は透華とお風呂に入っていた頃より前のものだし、気にする必要は無いのだろう。

 でも自尊心を傷つけられた。それだけは事実だ。


 あの様子だともう母さんに永久就職の事を言ってしまった可能性はあるな……。

 これ以上広がるといよいよ収集が付かなくなるし、いっそ今『あれ、実は言い間違いで』って言っちゃうか——


「ありがとね、あの話、私凄い嬉しかった。まーくんに必要とされる人間なんだって。私、まーくんがそばにいて欲しいって思ってくれてるのを知って本当に嬉しかった——」


 だからと話を続けながら俺の腕と脇腹の間に透華は腕を入れて顔を見上げてくる。


「私、まーくんに見合うように頑張るね!」


 屈託のない笑顔をパァっと見せる透華は誰よりも純粋で、どんな女性よりも可愛く見えた。


 俺、もう……『あれ、実は言い間違いで』なんて言えねえよ。


 透華が腕を組んできた事で、周りの視線は今まで感じていたものとは大きく変わったが、透華は気にしていないようで学校に着いてからも透華のベタベタは変わらなかった。


 授業が終わる毎に透華は俺の席に来る。

「まーくん、今の授業わかった? 分からなかったら私が教えてあげるからね」

「まーくん、こっち見て」パシャ

「まーくん、トイレ行くの? 私も行く!」


 トイレに付いて来るのは異常だと思ったが、それほど俺のプロポーズもどきが嬉しかったのだろうか。

 この調子だと悩んでいた進路希望用紙に【まーくんのお嫁さん】なんて書き始めそうで怖いな……。提出は確か来週末前までだったな。



 そんなこんなで昼休みになった。

 俺は透華とお弁当を食べる為に屋上にて横並びでベンチに座る事に……。


「まーくん、今日のお弁当は私が作ったんだよ? 美味しく食べてね!」

「成程、それで今日母さんが弁当を渡す時にニヤニヤしてたのか」


 ここで漸く透華が朝から俺の家に来ていた本当の理由を知った。


「今日のお弁当の中身はねー、じゃん! まーくんの好きなサンドウィッチです!」


 おぉ! サンドウィッチか。あ、俺の大好きなカツサンドもしっかりある。


「もっと凝ったものを作ってあげられれば良かったんだけど、最初は軽いものからでいいと思うってお義母さんに勧められちゃって」

「全然嬉しいよ! 頑張って作ってくれたってだけで。でも今朝急に決めて家に来たってわけじゃ無いよな?」


 朝急に家に来てお弁当を作らせて下さい、なんて突然言う透華では無いと思ったので聞いてみることにした。


「あーうん。実はお義母さんとはちょっと前からライソでやり取りしてるの。だからまーくんの、その……昨日の事も全部言ってて。それでね『嫁候補として作ってみる?』って昨日言われちゃって……」

「へ、へー」


 いつの間に……。

 ってかやっぱり母さんの耳に入ってたか!



「じゃあ、まーくん。どうぞ」

「あ、うん。いただきます!」

 俺はたまごサンド、ハムレタスサンド、カツサンドの順にローテーションでそれぞれ二切れずつ、全てを平らげた。

 やっぱりカツサンドは最高だった。


「すっごい美味しかったよ」

「全部食べてくれたんだ……へへっ嬉しいな」


 お世辞抜きに本当に美味しかった。

 母さんの作ったものとはまた違った美味しさがあって、カツサンドに関しては無限に食えそうなほどのものだった。


「カツサンドのカツはね、まーくんのお母さんに教えても——ながら揚げ——」


「あ、やべ……眠気が」

 昨日の夜寝ていなかった影響が今になって出て来やがった。

 午前の授業中は何とか耐えられたのに……。


 俺は——目を閉じてしまった。



 ◇◇◇


「もしかして……寝ちゃった?」

 隣に座っていたはずの正樹が自分にもたれかかっているのに気づいた透華はそっと正樹の頭を自身の太腿の上に移動させる。


 パシャ

「膝枕なう……フフッ」


 自分が撮られているとはいざ知らず、正樹はスヤスヤと眠り続けている。


「まーくんの唇が無防備に……。初キスしたい……でも初めてはお互いが意識した上でしたいし……うーん、我慢しなきゃ。うん! だってお互いが『初めてのキスだね』って照れ合いたいもん。キスをした後に二人で『一歩大人の階段を登ったね』って言い合いたいもん。うん、我慢」


 透華は正樹に黙って階段を登ることはせず、正樹と共に一段一段登る事を固く決意した。



 ◇◇◇


 身体がぐわんぐわんと揺れるのを感じた。


「……くん、まーくん、起きて」


 目を開けるとそこには透華の顔があった。

 どうやら俺は透華に身体を揺すられていたらしい。


「あれ、俺……ってごめん。重くなかった?」


 頭に柔らかい感触、目の先に青い空と透華の顔を捉えた事で今自分がどうなっているのかを瞬時に把握した。


 すぐに頭を透華の太腿の上から上げ、身体を起こして座り直す。


「全然大丈夫だよ! ただもうすぐ昼休み終了のチャイムが鳴るから起こしただけ」

「ごめん、昨日寝不足でさ」

「そっか……でも午後の授業だけ、少しがんばろ?」


 透華はニッコリした表情で手を差し出してくれた。

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