奇妙な道

 ニセノの、というか奴の所属する株式会社プラからの、得体の知れぬヘッドハンティングの申し出を忘れたわけではなかったが、いかんせん忙しかった。連日、打ち合わせや見積もり、営業の応対、交流会等をはしごして、昼食もままならない日が続いた。一度食べない癖がつくと、暇ができても結局億劫で、なかなか昼食を取る習慣が戻らない。変な時間に腹が減ってあれこれ間食を増やしてしまうので、痩せるわけでもないし、身体に良くないとわかっているのだが。


「この地図間違ってない?」シュウノは俺の携帯端末を横から勝手に覗き込み、周囲の様子とぐるぐる見比べながら言った。

 珍しく、現世の仕事なのにシュウノが付いてきていた。


 依頼主は三十代の会社員の男だったはずだ。年老いた親から引き受けた家を、取り壊して駐車場か何かに転用しようとしたが、謎のトラブルで工事が進まないらしい。その手の人を呼んで「お祓い」も三度ほど試しており、その三人目の霊媒師のような人に「これで駄目なら解呪業者を呼べ」と助言されて、うちに話が来た。


「やっぱおかしくない?」シュウノは再度辺りを見回し、右に傾けていた首を左に傾けた。

「なんかそういう書き方というか、細い道は反映されてないのかと思ったけど」

「地図も変だけどこの町もおかしいよ」


 辺りは古めの住宅地だ。バス通りから一本内側で、歩道のない路地に面して一戸建てが並ぶ。似たような時期に同じハウスメーカーを通して建てられたと思われる、それぞれ個性がありながらもなんとなく規格が統一された住宅群だ。


「どこか変?」俺は通り掛かった家の表札下にある番地の表示を見た。「ここが五丁目だから、もう少し先だな」

「さっきからずっと同じ方向にカーブしてるのわかる?」シュウノは通りを示した。


 確かに、道路は左向きにカーブしていた。


「地形の関係とかだと思うけど。別にいいだろ」

「たぶんもうすぐ一周して元の場所に戻るよ」

「そう? 道順的には間違ってないはずだけど」

「こんな道はありえないよ。もし見えてる通りだとしたらね」

「じゃ、見え方がおかしいんじゃないかな」

「藍村君にはそう見えないの?」

「俺は道を見てないから。ほら、もうここから六丁目だ。こういう町は番地が機械的だから迷わないよ」

「うーん?」シュウノは納得していない顔で、何度も俺の携帯端末を覗き込んだ。

「もう、自分ので地図開けよ」

「おかしくない?」

「いいよ、気にしても仕方ない。着けばどっちでもいいんだから」


 実は予想はしていたことだった。依頼主の訴えたトラブルの中には「呼んだ業者が道に迷ってたどり着かない」というものも含まれていた。お祓いも本来は五回呼んだらしいが、実際来てもらえたのは三回だけだったという。あとの二回はでキャンセルとなった。


「なんかそういう仕掛けも込みで、魔法が仕込まれてるのかもな。防犯的なやつなのか」

「でも、依頼人は心当たりないんでしょう?」

「親から引き継いだらしいからな。親が何か仕掛けて、忘れちゃったんじゃないのか」

「はあ……認知症ってやつ?」

「いや、そこまでいかなくても、忘れることはあるだろう」


 目的地が近付くと、道の両脇に並ぶ建物はかなり年季の入ったものが増えてきた。錆びたトタンの庇が破れていたり、出入口がわからなくなるほどツタに覆われていたりと、人が住んでいる気配が無い家も多い。

 その中では割と綺麗めに見える、しかし全体に埃をかぶって忘れ去られたような色合いの家が、依頼人に指定された住所だった。

 四角い積木を重ねて、上に三角の積木を置いたような、平凡な形の二階建ての家だ。道路に面して小さな庭があり、椿の生垣が野放図に伸びていた。枝がこんもりと茂って道路側にはみ出している。

 俺は椿の枝と葉に半ば隠れているインターホンのボタンを押した。

「なんというかこの――」俺の半歩後についてきたシュウノが言葉を止め、「あれ?」と言った。


 振り向くと、道路にチョークで書きつけたような図形と数字が広がっていた。シュウノの右足の下にちょうど、「2」が現れていて、それが「1」に変わる。

 カチ、と、機械部品が噛み合うような音がした。

「え?」

 シュウノの西洋風の整った顔に、締まりのない苦笑が一瞬浮かんだ。


 そのままシュウノの姿は、足元に描き込まれた図形に吸い込まれるように消えた。

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