時を超えた邂逅 その4


「いや、大丈夫だ。お前が楽しそうに話す姿を見られて、大いに満足している」


「ふぇっ!?」


 甘やかな笑みに、ぱくんと鼓動が跳ねる。


「お前の愛らしい声をたくさん聞けて、心楽しい時間だった。わたしにもあんな風にもっと他愛のないおしゃべりをしてくれてよいのだぞ?」


「いっ、いえいえいえっ! 私なんかがお忙しい珖璉様のお邪魔をするなんて……っ! とんでもありませんっ!」


 ぶんぶんぶんっ! と首を横に振ると、珖璉が端麗な面輪を不満そうにしかめた。


「何を言う? お前に関することを邪魔と思うなど、あるものか。お前があんな風ににこにことたくさん話すことなど、滅多にないだろう? もっとわたしにも話してくれればうれしい。お前の話なら、どんな他愛のないことでも、わたしにとっては何にも勝る。龍翔殿下も、明珠殿の話を嬉しそうに聞いていただろう?


「そ、それはそうですけれど……」


 珖璉がそう言ってくれても、素直に頷けるわけがない。


 ずるいと知りつつ、鈴花は話題を逸らす。


「そ、そういえば、龍翔様は明珠ちゃんをすっごく大切に想ってらっしゃるご様子でしたねっ! ただ、明珠ちゃんのほうはその……」


 周りから見れば、龍翔が明珠を溺愛しているのは一目瞭然なのに、ただひとり、当の明珠だけが、龍翔の想いに気づいていない様子だった。


 明珠を見つめる龍翔のまなざしも笑みもあんなに甘やかなのに、どうして気づかないのか、不思議で仕方がない。


「お二人にはお二人の進み方があるゆえ、周りが口を出すのは無粋ぶすいなのだろうが……。申し訳ないと思いつつ、己の幸運に感謝してしまったな」


「幸運、ですか……?」


 吐息混じりの珖璉の言葉の意図が読めず、きょとんと見上げると、珖璉がくすりと笑みをこぼした。


「ああ。愛しいお前と想いが通じあっている我が身はなんと幸せなのだろうとな」


「っ!?」


 言うなり、身を屈めた珖璉にくいと顎に手をかけられ、くちづけられる。


「こ、珖璉様……っ!?」


「こうして愛しいお前にくちづけられる幸せを、改めて実感させられた」


 鈴花の顎に手をかけたまま、珖璉が甘やかに微笑む。


「そ、そのっ、わ、私も……っ」


 恥ずかしい。けれども、気持ちを伝えたくて必死に告げると、驚いたように目を瞠った珖璉が、とろけるような笑みを浮かべた。


「お前と同じ気持ちだとは、嬉しくてたまらぬ」


 珖璉の面輪がふたたび下りてくる。


 まぶたを閉じ、鈴花は幸せを噛みしめながら愛しい人のくちづけを受け止めた。


   ◇   ◇   ◇


 珖璉や鈴花達を見送り、明珠と龍翔と茶会をしてきた部屋へ戻ってきた。季白達は何やら打ち合わせがあるということで、遼淵を連れてどこかに行ってしまったのだ。


 別れ際、季白が、


「珖璉殿下達の様子に少しは感化されれば……っ!」


 とか何とか鬼気迫る表情で呟き、


「季白サン! おとなしくしてると思ったら、そんなコトを企んでたんスか!」


 と安理に爆笑され、額を押さえた張宇に、


「季白……。やけに鈴花に愛想よく接していると思ったら……。そんんあ欲得ずくで応対するなど、失礼だろう?」


 と注意されていた。


 事情がよくわからないが、ふだんは鬼上司な季白が、比較的優しかったのは明珠としては気が楽で大変助かった。


「鈴花とずいぶん話がはずんだようだな。お前が楽しめたようで何よりだ」


「はいっ! 龍翔様のおかげです! 本当にありがとうございますっ!」


 龍翔の言葉に、明珠は満面の笑みを浮かべて深々と頭を下げる。


「礼などよい。お前が楽しんでくれたのなら何よりだ」


 優しい笑みを浮かべた龍翔が、そっと頭を撫でてくれる。

「誰とでもすぐに心を許して仲よくなれるのは、お前の美点のひとつだな」


「ふぇ? そうでしょうか……? その、鈴花ちゃんは同い年なんですけれど、なんだか故郷の順雪を連想させて……」


 年下のように見えると言ったら、鈴花に失礼かもしれないが、菓子に無邪気に喜ぶ鈴花は本当に可愛らしかった。


 順雪がいるせいかもしれないが、放っておけない気持ちに自然となってしまうのだ。


「本当に可愛い方ですよねっ! 珖璉様も、鈴花ちゃんが可愛くて仕方がないという御様子でにこにこしてらっしゃいましたし……っ!」


 二人の様子を見ていると、明珠までなんだかほっこりしてしまった。


「そう、だな……」


「龍翔様?」


 頷いた龍翔の表情が何やら沈んでいるように感じ、明珠は長身の龍翔を覗き込んだ。


「どうかなさったんですか? あっ、私がついつい話し込んだせいでお疲れに……? 季白さんを呼んできた方がいいですか!?」


 あわてて扉に向かおうとすると、手を掴んで引きとめられた。


「落ち着け。季白を呼ばずともよい。別に疲れてなどおらん」


「ですが……」


 心配のあまり、じっと秀麗な面輪を見上げると「その……」と龍翔が気まずげに視線を逸らした。


「言っても詮無いこととわかってはいるが……。少々、うらやましくなってしまってな……」


「羨ましい……? 珖璉様が、ですか?」


 きょとんとおうむ返しに問い返すと、明珠に視線をあわせて龍翔にぽふぽふと頭を撫でられた。


戯言ざれごとだ。聞き流してくれ。……わたしは、お前がそばにいてくれるというだけで、幸せなのだから。それに――」


 不意に龍翔の手が頭から頬へとすべったかと思うと、そっと顔を上げさせられる。


 近づいてくる秀麗な面輪に反射的にまぶたを閉じて胸元の守り袋を握ると、ちゅ、と優しくくちづけられた。


「お前が唇を許してくれるのは、わたしだけだろう?」


「あ、当たり前です……っ! というか、不意打ちはおやめくださいっ! 《気》が足りないのでしたら、そうおっしゃってくだされば……っ!」


 一瞬で、ぼんっと顔が熱くなったのがわかる。思わず睨み上げて抗議すると、龍翔が悪戯いたずらっぽく微笑んだ。


「すまぬ。つい不意打ちをしたくなった。……不快にさせたか?」


「不快だなんて、そんなこと絶対にありませんっ! ただ、その……っ」


 どきどきして、仕方がないだけなのだ。


 守り袋を握る手に力を込め、目を閉じたままふるふるとかぶりを振ると、龍翔が優しく笑む気配がした。


「そうか、それならばよい。……もう少し、《気》を分けてもらえるか?」


「は、はいっ、もちろん……っ!」


 頷くと、龍翔の衣に焚き染められた香の薫りが強くなった。


 同時に、先ほどよりも深くくちづけられる。


 龍翔から伝わる熱に、炙られたろうのように身体が融けてしまいそうだ。


 明珠の息が苦しくなる直前で龍翔の唇が離れる。と、引き締まった腕のそっと抱き寄せられた。


「明珠。これからもわたしのそばにいてくれるか……?」


「え? は、はいっ! もちろんです……っ! ずっと龍翔様にお仕えさせてください……っ!」


 心からの想いを宿して告げると、身体に回された龍翔の腕に力がこもった。


 長い指先が、結い上げた髪を優しくく。


「いまは、これで満足するべきだな……」


 龍翔の低い呟きは、小さすぎて明珠の耳にまで届かなかった……。


                              おわり


~作者より~


 お読みいただき、誠にありがとうございました~!(ぺこり)


 2話が3話くらいで終わらせるハズが、書いていると楽しくて、ついつい長くなってしまいました……っ!(笑)


 今回、登場した珖璉様と鈴花達は、数世代後の龍華国の後宮を舞台にした自作『迷子宮女は龍の御子のお気に入り』に登場いたします~!


 現在、1~2巻がメディアワークス文庫様より発売中です! 少年エースplus様では、和久田若田先生によるコミカライズも連載中です~!(≧▽≦)


 残念ながら、Amaz〇n様のほうはサイバー攻撃の影響か、1巻が在庫切れになっておりますが、楽天ブックス様のほうはあるようですので……。


 気になる方は手に取っていただけましたら嬉しいです~!(深々)


 ちなみに、おまけSSは別の短編をあと1本、21日と22日にアップ予定です~!(*´ω`*)

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