時を超えた邂逅 その3


「じゃあ、張宇サンと禎宇サン、どちらのほうが武芸に秀でているかってゆー、時を超えた従者対決とか?」


「それのどこが穏当おんとうだ!?」


「え〜っ! だって、天然勝負なら明珠チャンに軍配が上がるでしょうし、主への忠誠真っしぐら度だと、季白サンがダントツに決まってるし……。最初から勝敗のわかった勝負なんてオモシロくないじゃないっスか〜♪」


「当たり前ですっ! わたしは身も心もすべて龍翔様おひとりに捧げているのですからっ! わたしが龍翔様に捧げる忠誠に、生半可な者が勝てるわけがないでしょう!?」


 間髪容れずに胸を反らしたのは季白だ。


「いや、俺だって龍翔様に忠誠を捧げているが……。お前と一緒にされるとちょっと微妙というか、お前ほど盲目的じゃないというか……」


 張宇が困り顔で呟くが、残念ながら応じる者は誰もいない。


「というか、なぜ勝負ごとばかりなのだ!? 客人を喜ばせるすべというなら、もっと他にあるだろう!?」


 龍翔のもっともな指摘に、安理が唇をひん曲げる。


「え〜っ、文句をつけるなら、龍翔様が考えてくださいよぉ〜。コレでもオレなりに考えたんスよ? 張宇サンと禎宇サンの勝負なんて、ぜぇーったい盛り上がるじゃないっスか! 別に龍翔サマと珖璉サマで勝負してくださってもいーんスけど、そうしたら、せっかく別室に隔離した遼淵サマと泂淵サマが絶対割り込んできてさらなる混乱が巻き起こされるに違いないし……。明珠チャンと鈴花チャンだって、張宇サン達の勝負は見たいっスよね~?」


「「ふぇっ!?」」


 突然、話を振られ、明珠と鈴花はそろってすっとんきょうな声を上げる。


 と、 張宇と禎宇が、まんざらでもない様子で口を開いた。


「まあ、明珠が望むなら別にかまわないが……。最近、腕もなまりがちだったしな」


「珖璉様のお許しがいただけるのでしたら、張宇様の胸をお借りするのはやぶさかではございませんが」


「ほら〜。二人ともヤル気みたいっスし! …………あ」


「どうした?」


 不意に動きを止めた安理に、龍翔がいぶかしげに問いかける。


「いえ、作者の『私だって滅茶苦茶見たいけど、いま時間がないから苦手な戦闘シーンを書ける気がしない……っ!』ってゆー泣き言が、脳内に響きまして……」


 安理の言葉に、卓の面々が嘆息する。


 龍翔が苦い顔で口を開き、季白達が続く。


「時間配分が甘すぎるんだ」


「思いつきだけで動くからですよ……っ! 計画性が皆無なんです、アレは!」


「戦闘描写が大の苦手なのに、なぜこの流れにしたんだ……? 人騒がせな……」


「ちょっ! 龍翔様と季白サンのみならず張宇サンまで!? オレより扱いがヒドいっスね!」


「自業自得のやからに同情などいらぬだろう?」


「まったくもって龍翔様のおっしゃるとおりです!」


 龍翔の言葉に季白が大きく頷いて同意する。


 話の流れがわからない明珠は沈黙を守ったが、卓の向かいでは、珖璉や鈴花が何ともいえない微妙な表情を浮かべていた。


「まあでも、作者は『せっかくの機会なので、交流を深めてください〜』って言ってますし、のんびりと茶会を楽しんでくださいっス〜♪ 甘味大王の張宇サンと、甘いもの好きの明珠チャンと鈴花チャンのために、お菓子もた〜ぷり用意してるそうっスよ♪」


「うむ。最初から素直にそうすればよいのだ。ほら、明珠。何か食べたい菓子はあるか? 遠慮せずに言え。まごまごしていると張宇に食い尽くされるぞ」


「龍翔様っ! お客人もいるのにそんなことはしませんっ!」


 張宇が抗議の声を上げるが、龍翔は意に介さない。


 向かいでは、珖璉が鈴花に食べたい菓子を聞いているが、鈴花は菓子の種類が多すぎて決めかねているようだ。


「鈴花ちゃん。よかったら、この焼き菓子を一緒にいただかない? 前に張宇さんに教えてもらったけど、すごくおいしかったの」


「じゃあ、それをいただきます! ありがとうございますっ!」


 近くの皿を示して提案と、鈴花が嬉しそうに礼を言う。ほっとしたように浮かべた笑顔が可愛らしい。


「張宇さんのおススメはまだまだいっぱいあるんですよね?」


 水を向けると、張宇がうきうきと身を乗り出した。


「もちろんだ! あと俺のおすすめはこの団子と、饅頭まんじゅうと……っ!」


 放っておくと卓の菓子のほとんどを示しそうな勢いの張宇を龍翔が押し留める。


「張宇。誰もがお前みたいに甘味ばかり大量に食えるわけではないのだからな。節度をもってすすめるのだぞ」


「私、甘いものは大好きですっ!」


「おっ! 鈴花も甘いものが好きなのかっ! 明珠と一緒だな! みやげには霊花山の蜂蜜をひと壺……」


「おい。聞いているか、張宇」


 龍翔の声も甘味を前にした張宇には届かないらしい。


 満面の笑みでおすすめの菓子を勧めてくれる張宇の微笑ましい様子に思わず笑みをこぼし、明珠も菓子に手を伸ばした。


   ◇   ◇   ◇


「鈴花、疲れたか?」


 後宮の珖璉の私室に戻ってきた鈴花は、問われてふるふるとかぶりを振った。


 禎宇と朔はそれぞれの部屋に戻り、遼淵とずっと話し込んでいた泂淵は、


『いや〜っ、さすがワタシのご先祖様っ! 数世代前とは思えないほどの素晴らしい知識だったね! さっそく蚕家に戻って宝物庫をあさらないとっ!』


 と、うきうきと蚕家に帰ったため、いまは鈴花と珖璉しか部屋にいない。


「いいえっ! とっても楽しかったです!」


 気持ちが高揚しているせいか、疲れはまったく感じていない。


 出かける前は、数世代も前のしかも高貴な身分の御方とその従者に会うなんて、もし失礼なことをしてしまったら、珖璉に多大な迷惑をかけてしまうのではないかと心配していたが、まったくの杞憂だった。


 龍翔は凛々しくも優しかったし、禎宇のご先祖様だという張宇は人好きのする穏やかな笑顔にほっこりした。安理もふざけてばかりいたが、ひょうきんで楽しい人だった。


 唯一、季白が主を敬愛するあまり、あれこれと明珠達にお小言を飛ばし、龍翔に注意をされていたが……。鈴花には丁寧に接してくれた。何より。


「明珠ちゃんといっぱいおしゃべりできて楽しかったです……っ!」


 同じ年頃の女の子とあんなに和気あいあいとおしゃべりするなんて、姉の菖花しょうかを除けば初めてかもしれない。


 村にいた時は、役立たずな上に『変なものが見える』という鈴花に話しかけてくれる者自体少なかったし、後宮に来てからも、鈴花に優しくしてくれたのはきょうくらいだ。


 牡丹妃ぼたんひ躑躅妃つつじひ達のお茶に呼んでいただくことはあるが、二人とは身分が天と地ほども違う。やはり、気兼ねなくおしゃべりというわけにはいかない。


 その点、明珠は話してすぐ鈴花と同じ庶民出身だとわかり、姉と弟である点は違えど、故郷に大切な姉弟がいるという共通点もあって、大いに話がはずんだ。


「あっ、でもすみませんっ。私が明珠ちゃんとずっと話し込んでいたせいで、珖璉様は龍翔様とゆっくりお話できなかったのでは……? こんな機会、そうそうありませんのに……」


 不安になって珖璉を見上げると、柔らかな笑みを浮かべた珖璉がかぶりを振った。


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