時を超えた邂逅 その2


 卓の上に所狭しと並べられたたくさんの菓子の皿を見た途端、鈴花が「わぁ……っ!」と愛らしい感嘆の声を上げた。


 くりっと大きな瞳がきらきらと星のように輝いている。


「鈴花さんは、お菓子がお好きなんですか?」


 親近感を覚えて問うと、「はいっ!」と大きく頷いた鈴花が、あわてたように顔の前で手をぶんぶんと振った。


「あ、あのっ、『鈴花さん』だなんて……っ! 平民の私なんて、呼び捨てで十分ですから……っ!」


 恐縮しきった様子の鈴花に、明珠は安心させるように微笑みかける。


「じゃあ、代わりに私のことも『明珠』と呼んでもらっていい?」


 緊張しているせいだろう。あわあわとしている鈴花は小動物みたいで愛らしいことこの上ない。


 同い年のはずだが、何となく故郷で暮らす弟の順雪じゅんせつを連想させて微笑ましい。


「は、はいっ! ありがとうございますっ!」


 ぱぁっと顔を輝かせた鈴花と、にこにこと微笑みあっていると、隣に座る龍翔に優しく頭を撫でられた。


「仲良くなれたようで何よりだ。お前には、同年代の娘と仲良くなる機会をなかなかやれず、申し訳ないと思っている。せめて今日は、心置きなく楽しんでくれ」


「りゅ、龍翔様っ!?」


 人前だというのに、子どもみたいによしよしと頭を撫でられるのは恥ずかしい。

 あわてた声を上げたが、向かいの鈴花も珖璉に優しく頭を撫でられている。


「よかったな、鈴花。牡丹妃ぼたんひ様や躑躅妃つつじひ様がお相手では、緊張することも多いだろう。今日は明珠に仲よくしてもらうといい」


「こ、珖璉様……っ」


 鈴花の顔が色づいた花のようにぽっと染まる。


 珖璉を見上げる鈴花の潤んだような瞳と、鈴花を見つめる珖璉の甘やかなまなざしを見ていると、二人が特別な関係であることがひと目でわかる。


 何だか、見ている明珠までどきどきと胸が高鳴る心地がする。


「……なんてゆーか、二人とも溺愛しまくってるっスよねぇ……」


 安理が何やらぼそりと呟く声が聞こえたが、明珠の耳にははっきりとは聞こえない。


 尋ねるより早く、季白が「くぅぅ……っ!」と拳を握りしめて、悔しげに呻く声が聞こえた。


「ご子孫様はすでに成就なされているご様子だというのに、こちらは小娘な超絶鈍感なせいで……っ! いえっ! わたしは小娘なんぞを認めたわけでは決してございませんが……っ!」


「おい、季白。お客人の前だぞ。落ち着け」


 張宇が小声でたしなめるが、季白はすぐには落ち着けないらしい。というか、朔が季白の言葉に熱心に頷きを返しているのはなぜなのだろう。


 ぎんっ! と刃よりも鋭い視線で季白に睨みつけられ、明珠は思わず「ひぃぃ……っ!」と震える。


 と、すかさず龍翔の注意が飛んだ。


「季白。明珠を怯えさせるな。明珠は、この天真爛漫てんしんらんまんなところも大きな癒やしなのだ」


 明珠に視線を移した龍翔が、『お前はそのままでよい』と言わんばかりに優しく微笑む。


 龍翔の言葉に大きく頷いたのは珖璉だ。


「龍翔様、大いに同意いたします。わたしも鈴花の愛らしさに、毎日どれほど癒されていることか……」


「こ、珖璉様っ!? 他の方もいらっしゃるのに……っ! なんてことをおっしゃるんですかっ!」


 鈴花が真っ赤な顔であわてふためいた声を出す。が、珖璉は意に介さない。


「真実を述べて何が悪い? お前の存在がわたしにとってどれほど癒やしとなっているか……。きっと、お前が考えている以上だ」


「ふぇ……っ!?」


 鈴花の顔がますます紅くなる。このまま気絶するのではないかと心配になるほどだ。


 龍翔が珖璉の言葉に我が意を得たりとばかりに頷いた。


「うむ、その気持ちはよくわかる。吹雪の中、心身をあたためる灯火を手にしたような、砂漠の中で癒しの清水を得たような……。いつまででも愛でていたい愛らしい花だな」


「さすが龍翔様。まさにそのとおりでございます!」


 龍翔と珖璉が視線を合わせ、しみじみと頷きあう。


 明珠にはいまひとつよくわかっていないが、龍翔と珖璉が仲良くなれたのなら何よりだ。ほっとして菓子のひとつに手を伸ばすと、安理がぶぷーっ! と吹き出した。


「ちょっ! 明珠チャン、その顔はよくわかってないデショ……!」


 何がおかしいのか、げらげらと笑った安理が、龍翔と珖璉に悪戯っぽい視線を向ける。


「まっ、そんな天然なところも明珠チャンらしいけど♪ でも、鈴花チャンも天然っぽいし、龍翔サマと珖璉サマは、いつ悪い虫がつくかと、気が休まらなさそうっスよね~」


 安理が言った途端、卓の空気が一瞬にして張り詰める。


玲泉れいぜんか」


暎睲暎睲いのことだな」


 低い声で同時に呟いた龍翔と珖璉から、ひやりと背筋が寒くなるような冷ややかな圧が立ち上る。


「りゅ、龍翔様っ!?」


「こ、珖璉様っ!?」


 明珠と鈴花が驚いてそれぞれ隣を振り向くか、龍翔も珖璉も険しい顔をしたままだ。


 と、珖璉がふと気づいたように問いを発した。


「玲泉殿とは……。もしや、蛟家こうけの方ですか?」


「ああ、そうだが……。暎睲というのも蛟家の者なのか?」


「さようでございます。まさか、龍翔様も蛟家の者に悩まされているとは……」


 問い返した龍翔に、頷いた珖璉が深い溜息をつく。龍翔も苦い顔で吐息した。


「まったく、いまも未来でも、蛟家の者は傍迷惑極まりないな」


一縷いちるの望みをかけてうかがいますが……。龍翔様の代で、力をぐことなどはできないのですか?」


「すまぬな。叶うことなら、わたしも追い落としたいものだが……。第二皇子とはいえ、後ろ盾もなく、疎まれているわたしに対し、蛟家は蚕家と並んで龍華国建国当初からの名家。そう簡単にはいかぬ。下手をすれば、こちらが追い落とされかねん」


「いえ、どうか謝罪などなさらないでください。己の大切な花ならば、自分自身の手で守るのが当然のこと。龍翔様にお会いできたことに浮かれ、失礼な願いを口にしてしまい、申し訳ございません」


 珖璉が照れたように頭を下げる。


 明珠は珖璉と会ったのはもちろん今日が初めてだが、最初の印象で感じた雰囲気から察するに、こんな表情をするのは珍しいのではないかと想像した。


 現に、鈴花や禎宇、朔が驚いた顔で主を見ている。


 珖璉の謝罪に、龍翔がゆったりとかぶりを振る。


「いや、そなたの気持ちはよくわかる。愛らしい花に蜂が寄ってくるのは仕方がないこととはいえ……。 花を傷つけかねん悪い虫は、後顧の憂いなく排除しておきたいものだからな」


 龍翔からふたたび冷ややかな圧が立ち昇った気がして、明珠はおずおずと振り返る。


「龍翔様……?」


 龍翔がこれほど険しい顔をするなんて、心配になってしまう。


 おずおずと名を呼ぶと、明珠の声に我に返ったように、龍翔が圧を霧散させて優しく微笑んだ。


「すまぬ。不安にさせたな。だが、お前が心配することは何もない。こんな話題を出した安理が悪い」


「えぇ〜っ! オレのせいっスかぁ~!?」


 安理が不満そうに唇を尖らせるが、龍翔はにべもない。


「最初に余計なことを言ったのはお前だろうが。せっかくの茶会なのだ。もっと話がはずむ穏当な話題を出せ」


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