アルスデウス王国へのお出かけ その2


 龍翔達に気づいたレイシェルト達が早足に歩み寄り、恭しく一礼する。


 エリシアが衣装をつまんで膝を折るが、おじぎの仕方も龍華国と違っていて興味深い。


「お客人をお待たせするとは、大変失礼いたしました。このたびはアルスデウス王国へお越しいただき誠にありがとうございます。お出迎えせねばならぬところ、遅れてしまい、誠に申し訳ございません」


「いや、気にしないでもらいたい。こちらこそ、此度こたびはお招きいただき、感謝する」


 申し訳なさそうに詫びたレイシェルトに、龍翔が穏やかな笑みを浮かべて応じる。レイシェルトがほっとしたように端整な面輪をゆるめた。


「あちらの四阿あずまやにお茶とお菓子をご用意いたしました。お口にあうとよいのですが……」


「お気遣いいたみいります」


 簡単にそれぞれ自己紹介をした後で、レイシェルトの案内でぞろぞろと歩き出す。


 明珠が聞いたところによると、レイシェルトはこの国の王太子らしい。


 落ち着いた態度や気品のある物腰、龍翔と並んでも引けをとらない様子は、なるほどと思わされる。


 先頭を龍翔とレイシェルトが並んで歩き、明珠はその後ろをエリシアと並んで歩く。季白と張宇、安理は明珠達の後ろだ。


「えっと、エリシア様……。どうかなさいましたか?」


 先ほどからずっとエリシアがに見ている気がしておずおずと問うと、エリシアがはっとしたように小さく息を呑んだ。


「ご、ごめんなさい! 無作法を……。この国では黒髪黒目の方は本当に珍しくて……。こんなに大勢の黒髪の方とお会いするのはこの世界では初めてだから、なんだか不思議で懐かしい気持ちになってしまって……」


 そう告げるエリシア自身もつややかな黒髪に黒曜石のような黒い瞳だ。


 だが、懐かしいというのはどういうことなのだろう。


 疑問に思うも立ち入って聞くのははばかられ、明珠はふるふるとかぶりを振った。


「無作法なんて、とんでもないですっ! 私も、初めて見る景色についきょろきょろしてしまって……っ! 本当に綺麗で見事な庭園ですね!」


 最初で最後だろう異国の景色に、歩きながらついあちらこちらに視線を向けてしまう。


 龍華国でも薔薇は見たことはあるが、ここまで見事にたくさんの薔薇が咲き誇っている光景は見たことがない。


 晴天の下、明るい陽射しを受けてかぐわしい薫りを放つ薔薇に囲まれていると、現実ではなく夢の世界に迷い込んでしまったのではないかと心配になるほどだ。


 明珠の言葉に、エリシアが嬉しそうに口元をほころばせた。


 可憐に咲く花のような笑みに、同性だというのに、思わずどきりとしてしまう。


「そう言っていただけるなんて嬉しいわ! 王城の庭師達が丹精込めてお世話をしてくれている薔薇園なの。レイシェルト様にもお伝えしておくわね。きっと喜ばれることでしょう」


「ありがとうございます! でもあの、私などに敬語は使われないでください。龍翔様の従者ですが、私は一介の庶民に過ぎませんので……」


 今日はアルスデウス王国を訪問するということで、龍翔が用意してくれた薄紅色の絹の衣を纏い、髪も安理に綺麗に結い上げてもらったが、明珠がいつも着ているのは男物のお仕着せだ。


 対してエリシアは優雅な仕草も可憐なドレスも、どこからどう見ても立派な名家のご令嬢だ。


 恐縮しきりで告げた明珠に、エリシアが微笑んでかぶりを振る。


「そんなこと、気にしないでちょうだい。私だって、生まれは公爵家だけれども、事情があって、最近までずっとお茶会などにも参加したことがなくて……。だから、今日は不手際があったらごめんなさいね」


「とっ、とんでもないですっ! 私こそ作法にうとくて……っ! もし失礼があったらすみませんっ!」


 ぶんぶんぶんとかぶりを振って、ぺこりと頭を下げる。と、ぷっ、と後ろから安理が吹き出す声が聞こえてきた。


「明珠チャンもエリシアお嬢サマも、二人とも謙虚で遠慮する性格なんスねぇ~。でも、せっかくの機会なんスから、ぐいぐい行かないともったいないっスよ〜?」


「「ぐいぐい行くだと!?」」


 なぜか、前を歩いていた龍翔とレイシェルトが安理の声を聞きとがめて勢いよく振り返る。


 が、明珠はそちらを見ている余裕などなかった。


 安理の言うとおり、今回の機会を逃せば、次はいつエリシアに会えるのか、まったくわからない。そもそも、明珠ひとりではアルスデウス王国に来ようがないのだ。


 それに、初めて会ったというのに、なぜだかエリシアにはやけに親近感を感じる。


 高鳴る胸を左手で押さえ、明珠は勇気を振り絞ってエリシアに右手を差し出した。


「あ、あの、エリシア様……。よ、よかったら、私とお友達になってくださいませんか!?」


「え……っ!?」


 告げた瞬間、エリシアが黒い目をみはり、驚いたように息を呑む。


 ぴしりと固まったエリシアに、明珠はあわてて言を継いだ。


「す、すすすみませんっ! 私なんかが不敬ですよね……っ!? あのっ、申し訳――」


 焦って引っ込めようとした指先を、ぎゅっとエリシアに掴まれる。


「待って! 違うのっ!」


 視線を上げると、真剣な表情のエリシアが、両手で明珠の手を握りしめ、身を乗り出していた。


「わ、私、いままで本当にお友達が少なくて、だからびっくりしてしまって……っ! あのっ、すごく嬉しいの……っ! 私からもお願いします! 私とお友達になってくださいっ!」


 ぎゅっと手を握りしめたまま、エリシアが勢いよく頭を下げる。


「エ、エリシア様……っ! 嬉しいですっ! こちらこそ、どうぞよろしくお願いいたしますっ!」


 負けじと明珠も深々と頭を下げる。

 そのまま、二人そろって頭を下げていると。


「よかったな、明珠。勇気を出した甲斐があったな」


「よかったね、エリシア。きみに素敵な友達ができて嬉しいよ」


 龍翔の声とともに、大きな手のひらに優しく頭を撫でられる。


 向かいでは、レイシェルトが嬉しそうに口元をほころばせてエリシアに声をかけていた。


 なんとなく気恥ずしくて、身を起こした明珠は、エリシアと顔をあわせてはにかむ。


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