アルスデウス王国へのお出かけ その3


「よかったな、明珠。なんだか俺まで嬉しいよ」


「張宇さん……っ!」


 ぽん、と肩を叩いて告げた張宇の穏やかな声音に、はずんだ声を上げる。


「よかったっスねぇ~♪ 明珠チャンも、友達が少ないって前にこぼしてたもんねー」


 撫でるのをやめた龍翔の手に代わって、安理もぽふぽふと頭を撫でる。


 髪型を崩さないように気を使ってくれているのか、いつもより優しい手つきだ。


「はいっ! 本当に嬉しいですっ!」


「龍翔殿下は寛大でいらっしゃるのですね……」


 こくこくと頷いた明珠の声にレイシェルトの低い呟きが重なる。声が重なってしまい、何と言ったのかよく聞こえない。


 小首をかしげたが、レイシェルトは何事もなかったように前に向き直り案内を続ける。


 薔薇の茂みの角をいくつか曲がったところで、先ほどから屋根が見えていた四阿あずまやの全貌が見えた。


「わぁ……っ!」


 どうやら石造りらしい。白く瀟洒しょうしゃな四阿の様子に明珠は歓声を上げる。


 四阿の中央には大きめの丸いテーブルが置かれており、その上に様々な菓子がのった皿がところ狭しと置かれていた。


「おぉ……っ!」


 いつも落ち着いている張宇が、大量の菓子を目にして、珍しく感嘆の声を洩らす。


「アルスデウス王国と龍華国では食文化も異なると思いまして……。どのような菓子がお好みかわかりませんでしたので、いろいろな菓子を取りそろえてみました」


 レイシェルトの言葉に、卓についた明珠もしげしげとお皿を見回す。レイシェルトが言うとおり、お皿にのる菓子や果物は、明珠が見たこともないものも多い。


「いちおう、紅茶を用意しましたが……。もし、お口にあわないようでしたから、遠慮なくおっしゃってください。他の飲み物もご用意してますし、お望みでしたら葡萄酒などの酒も用意しています」


「えっ!? 酒っスか!? さすが、レイシェルト殿下……っ!」


「安理!」


 酒という単語に真っ先に反応したのは安理だが、季白に鋭い目で睨みつけられ、ちぇー、と唇をとがらせて肩をすくめる。


「せっかくのご好意だ。紅茶を賞味してよいだろうか?」


 明珠の隣に座る龍翔が代表して答え、他の面々が追随ついずいして頷く。


「かしこまりました」


 レイシェルトの声に、四阿の端に控えていたひとりの侍女がてきぱきと動く。


 ほどなく、明珠達の前に赤みがかった茶色の飲み物が入った器が供された。ふわりと明珠のもとへ漂ってきた薫りはすっきりとかぐわしく、いかにも高級そうな気配がする。


「ありがとう、マルゲ」


 明珠の隣に座ったエリシアが、自分の前に器が置かれた際に、小声で侍女に礼を言う。


 途端、それまでしかつめらしい表情を崩さなかった侍女の顔に、ふわりと柔らかな笑みが浮かんだ。


「もったいないお言葉でございます」


 親愛の情がこもった笑みを交わしあうエリシアとマルゲの様子に、明珠はきっとこの二人はすごく仲よしに違いないと推測した。


「そのままでもお飲みいただけますし、お好みで砂糖やミルク……ええと、牛の乳を入れていただいても結構です」


「そのままより、お砂糖を入れたほうが飲みやすいかもしれないわ」


 レイシェルトの説明に続き、エリシアがにっこりと笑って明珠に話しかけてくれる。


「甘いほうが飲みやすいでしょうから……。よろしければ、お砂糖を入れましょうか?」


「は、はいっ、ありがとうございます……っ!」


 貧乏だったせいで甘味など滅多に食べられなかった明珠にとっては、甘いというだけで嬉しくなる。


 明珠が頷くと、エリシアがさらさらと器にお砂糖を入れてくれた。


「こうやって混ぜて……」


 エリシアの真似をして、銀の匙で紅茶を混ぜる。綺麗に砂糖を溶かし、おずおずと薫り高い紅茶をひとくち飲む。


「おいしいです……っ!」


 少しくせがあるように思えたが、すっきりとした香りとほのかな甘みのおかげで思っていた以上に飲みやすい。


「よかった……っ。お菓子も食べてちょうだいね」


「はいっ、ありがとうございます!」


 ほっとした様子で愛らしい笑みをこぼしたエリシアに明珠も笑みを返し、テーブルの上の菓子を見やる。


 焼き菓子が多いが、果物や、明珠には材料が何なのかわからぬ菓子もちらほらある。


 迷った末、明珠はまだ味の想像がつきそうな薄い焼き菓子に手を伸ばした。可愛らしい花の形をしていて、中心にちょこんとつやつやした何かがのっている。


 さくりとかじると、口の中に芳醇ほうじゅんな風味と甘みが広がる。


「っ!? おいしい……っ! とってもおいしいですっ!」


 感嘆の声を上げてむぐむぐと咀嚼そしゃくし、思わず二枚目に手を伸ばす。


 龍華国の菓子と似ていると思ったが、材料が違うのか味わいが違う。こちらのほうが、コクがある感じだ。


「クッキーを気に入ってもらえたようで嬉しいよ。そのリリシスの花の形のクッキーは、エリシアが焼いたんだよ」


 エリシアを挟んで逆隣に座るレイシェルトが、嬉しげな笑みを浮かべて教えてくれる。


「えぇっ!? これ、エリシア様が作られたんですか……っ!? すごいです……っ!」


 感嘆のまなざしで隣に座るエリシアを見やると、頬を染めたエリシアがぷるぷるとあわてた様子でかぶりを振る。


「そ、そんなことないの……っ! このクッキーは推しか……えっと、たまたま以前から作っていて、作り慣れているだけで……っ。王城の料理人にかなわないことはわかっているのだけれど、せっかく遠くから来てくださるのだから、私も少しでも歓迎したくて、その……っ」


「エリシア様……っ!」


 エリシアの思いやりに、じんと胸が熱くなる。


 というか、顔を真っ赤にしてあわあわと早口になっているエリシアが可愛くて、きゅんとなる。


 レイシェルトが先ほどからずっと、エリシアが可愛くて仕方がないと言いたげな顔をしているのも納得だ。


「ありがとうございますっ! お心遣い、嬉しいです……っ! このお花の形、とっても可愛いですね! 『りりしすの花』って言うんですか?」


 明珠の問いかけに、エリシアがこくんと頷く。


「アルスデウス王国では、このリリシスの花は邪神を封じた勇者を示す『勇者の花』と呼ばれていて、とても好まれている花なの。だから……」


 さらに顔を紅くしたエリシアが、ちらりとレイシェルトに視線を向ける。


「その、リリシスの花はレイシェルト様を示す花とも言われていて……っ」


 うつむきがちに告げたエリシアは、耳まで真っ赤だ。


「なるほど! それは素晴らしいですね……っ!」


 感嘆の声を上げたのは、意外なことに季白だった。


「その花を身に着ければ、その御方を崇拝していることが一目瞭然とは、なんと素晴らしいのでしょう……っ! 龍翔様っ! 龍華国でもこの風習を取り入れましょうっ! 後宮では妃嬪ひひんの皆様が花の名を冠して呼ばれておりますし、根づかせるのもさほど難しくないかと存じます!」


「……季白、落ち着け」


 熱弁を振るう季白に、龍翔が呆れた声をこぼす。


「も~っ、申し訳ないっス~。季白サンってば、龍翔サマのことになると、目の色が変わっちゃうんで……」


「お騒がせして申し訳ない」


 季白の代わりに、安理と張宇が頭を下げる。


 レイシェルトが優雅に微笑んでかぶりを振った。


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