コミカライズ第1巻発売記念! 『呪われた龍にくちづけを』&『転生聖女は推し活がしたい!』時空を越えたコラボ短編!

アルスデウス王国へのお出かけ その1


 かぎ慣れた龍翔の高貴な香の薫りが明珠を包み込んでいる。背中に当たる硬い胸板に、先ほどから鼓動が速まって仕方がない。


 閉じたまぶたを押さえているのは、明珠を後ろから抱きしめた龍翔のあたたかく大きな手のひらだ。


「よし、着いたようだな。目を開けてもよいぞ」


 耳に心地よい声が顔のすぐそばで聞こえ、まぶたを覆っていた手がそっと外される気配がする。


 おずおずと目を開けた明珠は、目の前に広がる景色を見た途端、思わず歓声を上げた。


「うわぁ……っ! すごく綺麗です……っ!」


 明珠の目の前に広がるのは馥郁ふくいくたる薫りを放つ薔薇が、あでやかに咲き誇る見事な薔薇園だ。


「龍翔様っ! すごいですねっ!」


 はずんだ声を上げながら、思わず後ろの龍翔を振り向くと、予想以上に近くに秀麗な面輪があった。


 明珠の身体に腕を回したままの龍翔が柔らかな笑みを浮かべて明珠を見下ろしている。


「ああ、確かに見事な庭園だな」


 咲き誇る薔薇以上に高貴な笑みに、ぱくんと心臓が跳ねてしまう。


「や、ややややっぱり、龍華国とはまったくおもむきが違いますね……っ!」


 紅く染まっているだろう顔を見られるのは恥ずかしくて、庭園を振り向き早口で告げる。


「ふむ……。確かに、これまで見たことのある庭園とは、まったく趣きが異なりますね。四阿あずまやもあるようですが、建築様式が違うようです」


 鋭い視線で周囲を観察しながら口を開いたのは、龍翔の後ろに控える季白だ。安理がくすくすと笑みをこぼす。


「季白サ〜ン。友好を結ぶためのお招きだっていうのに、そんなに睨んでちゃ心証が悪くなっちゃうっスよ〜? だいじょーぶですって! オレや張宇さんもいるんスから、何も起こるわけないっスよ〜♪」


 からかうような安理の言葉に、季白がきっ! と切れ長の目を吊り上げる。


「わたしとて、不穏なことは何も起こらぬだろうとは予想しています。が、それはそれ、これはこれ! 万が一の事態があった時に龍翔様をお守りできるよう、初めての場所に来た時は、しっかりと観察しておくべきでしょう!? 安理、隠密ともあろう者が気を抜き過ぎではありませんか!?」


「え〜っ? 気を抜き過ぎって言うんなら、オレより張宇サンでしょ~? さっきから、どんなお菓子を食べられるのか、そっちにばかり気が向いてるっスよ?」


「あ、安理っ! い、いやその……っ! 気を抜くつもりはないぞ!? だが、龍華国と食文化もまったく違う異国となれば、どんな菓子が供されるのか、気になるのも当然だろう!?」


 急に安理に槍玉やりだまに上げられた張宇が、あわてた様子で視線を揺らす。


 いつも落ち着いていて穏やかな張宇だが、大好きな甘味が絡むと、心穏やかにはいられないらしい。


「お茶会とおっしゃってましたし、どんなお菓子をいただけるのか、楽しみですよねっ!」


 張宇の気持ちがわかる明珠は、思わずはずんだ声で同意する。と、すぐそば季白から叱責が飛んできた。


「明珠っ! あなたまで何と暢気のんきな……っ! 今日は何のために時空を超えるなんてことまでして、こちらのアルスデウス王国へ来たと思っているんですか!?」


「ひぃぃっ! すみませんっ!」


 定規でぴしりと線を引いたような厳しい声に、ぴんと背筋を伸ばす。


 そう、何と明珠達は今、時空を超えて龍華国から「アルスデウス王国」へ来ているのだ。


 時空を超える方法は秘密だということで、目をつむっているように指示され、龍翔の手でまぶたをふさがれていたというわけだ。


「季白。それほど明珠に厳しく言わずともよいだろう? 今日は特別な日なのだ。少しくらい羽目を外してもよかろう」


 穏やかに季白をいさめたのは龍翔だ。


「えっと……。『くらぼ』? っていうのをするために来たんですよね……?」


「惜しいっ! 『コラボ』だよ、『コ・ラ・ボ』♪ 今回は、コミカライズ1巻発売記念の『呪われた龍にくちづけを』&『転生聖女は推し活がしたい!』時空を越えたコラボ短編なんだってさ~♪」


「は、はあ……?」


 首をかしげた明珠に、すかさず安理が教えてくれる。が、明珠には聞き慣れない単語が多すぎてわけがわからない。


「あ、ほら。いらっしゃったみたいだぞ」


 張宇が手で示したほうを見やれば、薔薇園の向こうから、一組の男女がこちらへ歩いて来るのが見えた。


 女性のほうは明珠と変わらぬ年だろう。黒髪黒目で愛らしい顔立ちをしている。


 長い黒髪は結い上げて宝石や絹紐で飾られ、明珠が見たこともない形の白い絹の見事な衣装を着ている。


 女性が動くたび、腰から下の部分のふんわりと広がった布地が揺れ動き、とても可憐だ。ついついじーっと見つめてしまいそうになる。


 そして、黒髪の乙女と手を重ね、隣を歩いて彼女を導いているのは。


「わぁ……っ!」


 金の髪に碧い瞳という、龍華国では滅多に見ることのできない色彩を宿す青年を見た途端、明珠の口から驚愕の声が飛び出す。


 明るい陽射しを受けてきらめく短い髪は、金の糸をったかのようで、凛々しい面輪を彩る碧い瞳は空の色を映したかのよう。


 龍翔と遜色そんしょくないだろう引き締まった身体に纏うのは、明珠が見たことのない形の、身体にぴったりと沿った仕立ての豪奢ごうしゃな服だ。


 瞳の色と同じ青色の服は、端整な面輪を引き立てるようによく似合っていて、右肩にかけた外套がいとうらしきものが歩くたびに揺れるのも華やかだ。


 だが、何よりも明珠の目を引いたのは、彼が隣の少女に向ける甘やかな笑みだ。


 見る者の心までときめかせるような蜜の笑みは、青年が少女をどれほど大切に想っているのか、ひと目でわかる。


 この二人が今日、会うことになっている、アルスデウス王国のレイシェルト殿下とエリシア嬢に違いない。


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