おまけ短編5 「飴玉と手紙と」順雪編 その2


『とってもとっても大切で大好きな順雪へ。毎日元気に過ごしていますか? しっかりご飯は食べていますか? あなたはこれから大きくなる時期なんだから、絶対にごはんを抜いたりしちゃだめですよ。あと、睡眠もしっかりとること!』


 読み始めると同時に、頭の中で大好きな姉の声が響く。声だけではない。澄んだ大きな目にたくさんの愛情を込めて、心配そうに順雪を見つめる姉の姿まで、まざまざと目に浮かんでくる。


 離れていても、順雪のことをいつでも大切に想ってくれる姉の優しさに、じん、と胸が熱くなる。


 あふれそうになる感情を、手紙を胸に押しつけ深呼吸して落ち着かせた順雪は、じっくりと続きを読んでいく。


 姉は蚕家で、離邸付きの侍女として雇われることになったらしい。


 仕えることになった英翔という名の主人は、順雪と年の変わらぬ少年で、とても利発で可愛く、優しいそうだ。


 手放しで英翔のことを褒めちぎっている文面に、むぅ、と姉の感心を独り占めしている見知らぬ少年にちょっぴり嫉妬の心が湧き上がるが、『英翔様を見ていると、順雪はいまごろ何をしているのか、すぐに考えちゃって困ります』という一文に機嫌を直す。


 そうだ。姉は順雪達、家族のために奉公に行ってくれているのだから、奉公先の主人に嫉妬するなんて間違っている。それよりも、幼いながらも優しくていい主人に巡り逢えたことを喜ぶべきだ。


 上司は厳しい人らしいが、とっても頼りになる同僚もいて、大変なことも多いが、何とかやっていけそうらしい。


 初めて奉公へ出た姉を心配していた順雪は、心からほっとする。いつも苦労をかけてばかりの姉が、奉公先でも苦労続きだったらどうしようかと不安だったのだ。


『それとね、まだ奉公して間もないから今回は仕送りができなかったけれど、なんと、ひょんなことから男物の服がもらえたの! 一度しか袖を通していないし、仕立てもよいものなので、順雪に送ります。順雪にはまだ少し大きいかと思うけれど、男の子はすぐに大きくなるもんね! 大事にしまっておいて、着られるようになったら着てください』


「姉さん……?」


 手紙の最後のほうの文面を読んで、順雪は首をかしげる。


 侍女である姉が男物の服がもらえるなんて、いったいどんな『ひょんなこと』があったのだろう。


 順雪は手紙を卓に置き、丁寧に畳まれた服をそっと手に取る。藍色に染められた服は、確かに仕立てがよくて真新しい。というか、母を亡くして以来の貧乏暮らししか記憶にない順雪は、こんな真新しくて、つくろったった跡もない着物なんて、初めて手にした。


 いったいこの着物がいくらするのかわからないが、こんな立派なものを本当にもらってしまっていいのだろうか。もしかして、仕送りができない代わりに、姉が何か奉公先で無理をしたのでは……。と心配になってしまう。


 と、広げた服の間から、小さな紙袋がころりと落ちた。床板に当たって、こん、と硬い音を立てる。


 何だろう、と思いながら紙袋を開いてみると、ふわりと甘い香りが漂った。


「わ……っ!? こ、これ、飴……?」


 呆然と呟きながら、あわてて手紙の続きに目を通す。


『英翔様にとってもおいしい飴をいただきました。ひとつ先にいただいたけれど、とっても甘くて、めているととっても幸せな気持ちになれるの! もしかしたら、舐めながら順雪への手紙を書いているからかもしれないけれど……。順雪にもこのおいしさを味わってほしいので送ります。甘味なんて滅多に食べられないだろうから、たくさん味わってね!』


「姉さん……」


 おずおずと、紙袋の中から飴玉をひとつ摘まんで取り出す。


 透き通った飴玉はまるで宝玉みたいで、本当に食べていいものなのか、不安になる。が、せっかく姉が送ってくれたのだ。食べないという選択肢はない。


 思い切って、口の中に入れてみた瞬間。


「わぁ……っ! 甘い……っ!」


 予想以上の甘さに、歓声が飛び出す。


「うわーっ、うわー……っ! おいしい……っ!」


 こんなに甘いものを食べたのは初めてな気がする。

 ころころころころと、しばらくの間、夢中で飴を口の中で転がす。


 さっき覗いた紙袋の中には、まだまだいくつもの飴玉が入っていた。こんなにおいしくて高そうな飴を侍女にくれるなんて、手紙に書いてあったとおり、きっと姉がお仕えしている英翔様はとってもいい主人に違いない。


 と同時に、飴玉を順雪にも食べさせてあげたいと送ってくれた姉の優しさが嬉しくてたまらない。


 順雪は飴玉をもらったことなど知りようがないのだから、姉が独り占めすることだってできたはずだ。けれど、きっと姉のことだ。ごく自然に「順雪にも送ってあげよう」と思ってくれたに違いない。


 実家にいる頃からそうだった。姉はいつも、自分のことより、順雪を優先してくれて……。


 何度、『ぼくだって、もう大きくなって、自分のことはちゃんと自分でできるんだから。だから、姉さんだってまず自分のことを大事にしてね』と言っても、決して首を縦に振ってくれなかった。


 たとえ離れていても、姉はやっぱり姉のままだ。家を出て奉公しているというのに、順雪のことを気遣ってくれる想いが嬉しくて……。


 口の中の飴が小さくなっていくのと同時に、順雪の心の奥にあった不安や寂しさも小さくなっていく心地がする。


 代わりに胸に広がったのは、ほわりとあたたかな灯火ともしびのような姉への感謝の気持ちだ。


「姉さん、いっぱいいっぱいありがとう……っ!」


 真新しい服や手紙をぎゅっと胸に抱きしめ、順雪は心の奥からあふれでる感謝の気持ちを声にした。


                        おわり


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