おまけ短編4「飴玉と手紙と」張宇編 その2
「張宇さん! 筆や
翌朝、台所で明珠と顔を合わすなり、張宇は深々と頭を下げて礼を言われた。
「紙だって、立派なものを用意していただいて……っ! 本当にありがとうございます!」
「いや、そんなこと気にしないでくれ。それより、弟さんに手紙は書けたかい?」
尋ねた瞬間、明珠の愛らしい面輪がぱぁっと輝く。
「はいっ! たっぷり便箋をいただけたので、たくさん書けました! あ、でも……。その、張宇さんに二つお願いがありまして……。わがままだと承知しているので、無理ならお断りいただいて全然かまわないんですけれどっ!」
こくこくこくっ! と元気に頷いていた明珠の眉が、困ったようにへにょんと下がる。ころころと変わる表情を可愛らしく感じながら、張宇は穏やかに問いかけた。
「お願いって何だい? 手紙に関することなんだろう? 言ってくれれば多少のことは叶えるよ」
「その、ひとつは昨日、『お使い』の時に着ていった、男物の服なんですけれど……。季白さんが私の好きにしていいとおっしゃってくれたので、洗濯から返ってきたら、手紙と一緒に順雪に送ってあげたいんですけれど……。送るものがかさばってしまっても、大丈夫でしょうか……?」
「何だ、そんなことか。もちろんいいさ」
張宇の返事に、明珠がほっとした表情になる。
「よかったぁ……っ! 順雪にはまだちょっと大きいんですけれど、とっても仕立てのいい真新しい服なので、どうしても送ってあげたくて……っ!」
「確かに、明珠が持っていても着る機会がないだろうしな。送ってあげれば弟さんも喜ぶだろう」
「そうですよねっ! きっと順雪が着たら、すっごく似合うと思うんですっ!」
大切な弟の姿を思い描いているのか、遠いまなざしをした明珠の瞳はきらきらと輝いている。
「それで、もうひとつの相談というのは?」
水を向けると、「そ、その……」と明珠が遠慮がちに口を開いた。
「夕べ、英翔様から綺麗な飴をいただいたんですけれど……」
告げる明珠の頬が、なぜか薄紅色に染まる。確か、夕べの英翔は長く青年姿のままだったはずだが……。
と考え、張宇は心の中で「いやいやいや」と呟く。
いくら明珠が愛らしい少女で、英翔が健全な青年とはいえ、この二人に何かあったとは思えない。
張宇の懸念をよそに、明珠がにこにこと言を継ぐ。
「飴なんてどこからとびっくりしたんですけれど、英翔様が張宇さんに分けてもらったとおっしゃっていたんです。ひとついただきましたけれど、とっても甘くておいしかったですっ! ありがとうございますっ!」
ぱぁっと輝くような笑顔で明珠が礼を言ってくれる。まばゆい笑顔を見ていると、張宇の心まではずんできそうだ。
「そんなに喜んでもらえて嬉しいよ。英翔様にお譲りした甲斐があったな。で、その飴がどうしたんだ? おかわりが欲しいとか?」
「お、おかわりというか……っ! その、あんまりおいしいので、やっぱり順雪に送ってあげたくて……っ! でも、英翔様が私にとわざわざご用意してくださったものを送ったら、ご不快になられるかもって、今朝になって不安を覚えてしまって。なので、お給金から天引きしていただく形で追加で張宇さんから譲っていただけないかと思ったんですけど……っ」
明珠が困り顔で訴える。
大切な弟においしいものを送ってあげたいけれど、英翔の厚意を無にしては申し訳ないといったところだろう。
明珠の優しい気遣いに、張宇は自分の口元が緩んでいのを感じる。
「それなら、英翔様の飴とは別に、俺が実家に送る分の飴を明珠に贈ろう。あ、別にお代はいらないぞ? 飴の十個や二十個くらいたいした金額じゃないし」
「いえいえいえっ! ほんの数個だけで大丈夫ですっ! 十個なんて、そんな……っ!」
明珠がとんでもないとばかりに目を瞠ってかぶりを振る。
「ん? 百個くらいは余裕であるからかまわないぞ? 日持ちするものだし、遠慮なんて……」
「ひゃ、百個……っ!? 霊花山の蜂蜜の時も思いましたけれど、張宇さんって本当にお金持ちなんですね……っ!」
明珠が信じられないと言いたげに感嘆の声を洩らす。
いや、感嘆するのはそこじゃないだろう、と張宇は内心でつっこむ。
驚嘆するなら英翔の本当の身分とか……。と思い、もしかしたら、庶民の明珠にとっては、あまりに高貴すぎて逆に実感が得られないのかもしれないと考え直す。
明珠が英翔に恐れをなして、ぎこちなくなるくらいなら、今のままのほうがよいに決まっている。
「できたら、蜂蜜も実家に送ってあげたいんですけど……。でも、割れ物を送るとなると、何かあった時が大変でしょう? 高級蜂蜜の壺が割れたりしたら……恐ろしすぎますっ!」
わなわなと震える明珠は、本気で怯えている様子だ。
霊花山の蜂蜜は、先日詫びとして明珠に渡したものだが、それまで実家に送りたいとは、明珠は本当に弟を大切に想っているらしい。
「そうだなぁ、しっかり梱包すれば大丈夫だとは思うが……。でも、明珠だってあんなにおいしいって喜んでたじゃないか。自分の分だってとっておきたいだろう?」
「そ、それは……っ! でも、蜂蜜って薬にもなりますし、私よりもきっと実家にあったほうがいいと思うんです!」
一瞬、目を泳がせた明珠だが、すぐに真剣な表情でずいっと身を乗り出して力説する。その頭を張宇はぽふぽふと撫でた。
「そうか。じゃあ、また季白にも相談してみよう。まずは、今回送る飴だな。ちょっと待っていてくれ。すぐに持ってくるから」
「あのでもっ、お代はちゃんと……っ!」
「いいっていいって。俺が譲りたいんだからさ。胡桃黒糖のお礼だと思ってくれ」
明珠から代金をもらう気なんて、まったくない。何より、明珠は貴重な甘味好き仲間なのだ。明珠が飴を食べて喜んでくれるなら、張宇も嬉しい。
遠慮する明珠に微笑んで告げ、張宇は飴を取りに行くべく台所を出た。
おわり
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