コミカライズ連載開始記念 編!

おまけ短編4「飴玉と手紙と」張宇編 その1


※作者より

 フロースコミックス様でコミカライズ連載開始記念のおまけ短編です!( *´艸`)


 明珠編を書いたら順雪編を書きたくなり、順雪編を書いたらなぜか張宇編までできちゃいました~(笑)

 少しでもお楽しみいただけましたら嬉しいです~!(*´ω`*)


   ◆   ◇   ◆


「明珠、どうしんだい? 何か気になることでもあるのか?」


 夕食の片づけが終わった頃。

 明珠が物言いたげな顔をしているような気がして、張宇は声をかけた。


「それとも、やっぱりまだ体調が回復していないのか?」


 もしかしたら、疲労から熱を出したのかもしれない。


 今日の明珠は本当に大変な目に遭ったのだ。あれほど凄まじい目に遭うとわかっていたら、絶対に許可しなかったのに。


 心配になって、前髪に隠れた額に手を伸ばそうとすると、


「ち、違うんですっ! 元気ですから、大丈夫です!」


 と、あわてた様子でぷるぷるをかぶりを振られた。

 ひとつに束ねた柔らかそうな髪が、動きにあわせてふるふると揺れる。


「そ、その……」


 くりっと大きな目が不安をたたえて張宇を見上げる。明珠が言いたいことに思い当たった張宇は、ぽんと手を打ち合わせた。


「あ、おみやげに買ってきてくれた胡桃黒糖は、本当においしかったぞ! ありがとう! ……っていうか、そうか。俺と英翔様でほとんど食べてしまったから、明珠の口にはほとんど入らなかったよな……? 明珠も食べたかっただろうに、すまない」


 甘味を前にすると、つい我を失ってしまう自覚はある。しかも、今日は明珠が英翔と張宇のためにわざわざおみやげで甘味を買ってきてくれたのだ。これを興奮せずにいられるだろうか、いや、いられるはずがないっ!


 いつもは甘味を譲ってくれることが多い英翔が、まるで張宇と張り合うかのように胡桃黒糖を食べていたことも、ついつい夢中で胡桃黒糖を食べてしまった原因のひとつだ。


 英翔が幼い頃から仕えている張宇だが、英翔が特定の食べ物に興味を示したことは滅多にない。


 幼い頃は貴族とはいえ家格の高くない張宇の家に身を寄せていたからか、身分の高さにもかかわらず食べ物の好き嫌いはなく、どんなものでも嫌な顔ひとつせずに食べる。


 そんな英翔だが、明珠が作るごはんを前にした時は、いつも本当に嬉しそうだ。確かに、明珠が作るごはんはおいしいが、本職の料理人及ぶものではないのだが……。


「ち、違うんです! 胡桃黒糖は英翔様と張宇さんのために買って来たものなので、気にしないでくださいっ! 割れてしまっていただのに、あんなに喜んでいただけて……。嬉しかったですっ!」


 明珠の声に、考えにふけりそうになっていた張宇は、はっと我に返る。


 視線を向けると、もじもじした様子の明珠が、意を決したように張宇を見上げた。


「実は……。無事に蚕家に着いたので心配しないでほしいと、実家に知らせるために手紙を書けたらと思うんですけれど……。その、紙も筆も持っていなくて、お給金から引いていただいていいので、お貸しいただけないかと思いまして……」


「なんだ、そんなことか。少し待っていてくれ、すぐに用意しよう」


 いったい何を言われるのだろうかと身構えていた張宇は、あまりに他愛ない明珠の頼みごとに、ほっとして口元をゆるめる。


「確か、明珠は家を出て奉公に出たのは初めてだと言っていたものな。それならきっと、ご家族だって心配しているだろう。手紙を送るのはいいと思うよ。紙代や郵便代は気にしなくていい。そのくらい、こちらで出すさ」


 告げると、明珠のつぶらな瞳が驚いたようにみはられた。


「えぇぇっ!? いいんですかっ!?」


 身を乗り出す明珠に「もちろんだよ」と笑って頷く。


「で、でもっ、紙だって墨だって高いですし、実家に送っていただくとなると、もっとお代が……っ!」


 あわあわと手を振りながら話す明珠が可愛らしくて、思わず吹き出してしまう。


 こんなに慎ましい娘は、張宇が出会った中でも初めてだ。


「大丈夫だよ。英翔にとっては、その程度、気にするような額じゃない。英翔様からは、明珠が心おきなく奉公できるように気を配ってやれと言われているからね。紙や墨くらい、明珠が好きなだけ用意するよ」


「い、いえっ! 数枚あれば大丈夫ですから! そ、そりゃあ、順雪に手紙を書くとなるといくらでも書けそうな気はしますけど……っ!」


「あ、だが……」


 いちおう、念を押しておくべきだろうかと、表情を引き締める。


「もちろん、わかっているかと思うが、その英翔様の正体なんかは……」


「書きませんっ! もちろん、絶対ぜったい秘密にしますから……っ!」


 明珠が愛らしい面輪をきりっと引き締めて断言する。


「それならいいんだ。……その、季白が検閲けんえつしないように、俺が止めるから……。その点は心配しないでくれ」


 英翔のことが絡むと、この上なく過保護になる同僚の顔を思い浮かべた途端、乾いた笑いがこぼれ出る。


 明珠が刺客の一員ではないかと疑っている季白のことだ。明珠が実家に手紙を送りたいと言えば、「手紙なんて許せるわけがないでしょう!? 実家に送ると言っておきながら、離邸の警備状況などを報告するに決まっています!」と青筋を立てて言うに違いない。


 だが、明珠も家族に送る手紙を季白に検閲されるなんてごめんだろう。


 明珠が実家に残してきた弟を心配している話は何度も聞いている。せっかく手紙を書くのなら、のびのびと書かせてあげたい。


 どうしても季白が中身を確認したいというのなら、せめて自分がその役を買って出よう、と張宇はきょとんとしている明珠を前に、ひそかに決意を固めた。


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