第2巻 ~新米侍女、借金返済のためにワケあり主従にお仕えします!~下 編!
おまけ短編3 飴玉と手紙と 明珠編
※作者より
第2巻、第三章の後のおまけSSです。ネタバレ厳禁! という方は、畏れ入りますが、先に本編をお読みくださいませ~(ぺこり)
◇ ◇ ◇
階段を駆け上がり、明珠は蚕家の離邸に与えられた自分の部屋に飛び込んだ。
鼓動がぱくぱくと速いのは、きっと走ったからだけではないだろう。
息を整えようと、すぅ、と大きく吸った拍子に、口の中に入っていた飴玉がころりと転がる。先ほど、英翔に強引に口の中に入れられた飴玉だ。
ただ飴玉を口に押し込まれただけなのに、どうしてこんなに鼓動が速いのか。
(見るからに、高級な飴だったもの。きっと慣れない贅沢に緊張しちゃったんだわ……)
このまま寝台に入っても、すんなり眠れそうにない。何より、貴重な
「そうだっ! 順雪に手紙を書こう!」
手の中にはまだ飴玉がいくつも入った紙袋がある。飴玉だけでなく、手紙も一緒に実家の順雪に送ろう。
そうと決まれば、すぐに用意しなくては。
もともと、蚕家に到着して無事に奉公が始まったことを順雪に知らせたいと思っていたのだ。
……いや、奉公が平穏無事かと問われたら、否定せざるを得ないのだが。
今日の午後、実家に手紙を書きたい旨を張宇に伝えたところ、すぐに硯や筆を貸してくれたばかりか、紙まで用意してくれた。
明らかに
「すまん、明珠……。離邸にある紙はこれしかないんだ……」
と、大柄な身体を縮めるようにして申し訳なさそうに謝られてしまった。
「よかったら、この紙を使ってくれないか?」
と張宇に言われたら、断るという選択肢は明珠にはない。
卓につき、いそいそと墨をする。墨の爽やかな香りと同じ動作の繰り返しに少しずつ心が落ち着いてくる。
真新しい白い紙に書き出すのは少し勇気がいったが、書き出せばすらすらと言葉が出てきた。
「えーっと。とってもとっても大切で大好きな順雪へ。毎日元気に過ごしていますか? しっかりご飯は食べていますか? あなたはこれから大きくなる時期なんだから、絶対にごはんを抜いたりしちゃだめですよ。あと、睡眠もしっかりとること! 勉強は言われなくてもちゃんとしているだろうから、心配していないけれど……。お姉ちゃんは可愛いあなたに会えなくてさび……。いやいや、これは書いちゃだめ!」
ついうっかり、心に思い浮かぶままに『寂しい』と書きそうになり、明珠はぷるぷるとかぶりを振る。
優しい順雪は、きっと奉公に出た姉のことを心配しているだろう。
もともとは、支度金を借金の返済のためにあててしまい、しぶしぶ来た奉公先なのだから。
だが、今はもう、蚕家を辞めることなんて、考えられない。考えたくもない。
それはきっと――。
「奉公先の方々はみんないい人だから安心してね。ひとり、厳しい人もいるけれど……。でも、もうひとりはとっても優しくて頼りになるし、何よりご主人様がとってもいい方なの! ご主人様にいただいた飴を送るので、よく味わって食べてね。私もひとつもらったけど、おいしくて感動したから! 順雪にも喜んでもらえたら嬉しいです」
一息に書いた明珠は、舌の上で飴玉を転がす。ころころと甘い飴玉を転がすたび、心がほぐれていく心地がする。
飴なんて食べたのはいつぶりだろう。実家にいた頃は、甘味なんて滅多に味わえなかった。このおいしさを、ぜひとも順雪にも味わってほしい。
「順雪、どんなに喜んでくれるかなぁ……。喜ぶ顔をこの目で見られないのだけが残念だけど……」
可愛い順雪の笑顔を想像するだけで、ぽかぽかと心があたたかくなってくる心地がする。
「あっ、でも、季白さんにもらった服も一緒に送らなきゃ……っ!」
季白にもらった男物の服は、明珠の好きにしてよいと許可をもらっているのだ。
今は本邸に洗濯に出しているが、明日には戻ってくるだろうから、張宇に頼んで一緒に送ってもらおう。
優しくて頼りになる張宇は、実家に送る手紙代くらい、お給金とは関係なしに出してくれると言ってくれている。
「明珠は初めて家を出て奉公に来たんだろう? そりゃあ、残してきた弟さんのことが心配になって当然だよ。きっと弟さんだって、明珠が元気にやっているのか心配しているだろうし。手紙くらい、いくらでも送ってあげたらいい。英翔様からも、明珠のことを頼むと重々言われているからな」
と。英翔も張宇もなんて優しいのだろうと、感動しかない。
英翔達に仕えられて、本当に幸せ者だと思う。
「初めての奉公で慣れないことも多いけれど、周りの方々に助けられて、お姉ちゃんは毎日元気に働いてます。だから順雪、心配しないでね! お給金が出たら、また手紙と一緒に送ります、と……。うん、こんな感じかな」
順雪のことを考えていると、あれこれ伝えたいことがたくさん思い浮かんで、ついついたくさん書いてしまった。口の中の飴玉も書いている途中で、舐め終わってしまったほどだ。
書き上げた手紙を丁寧に畳み、卓の上に飴玉が入った紙袋と一緒に置く。
「硯と筆は……。洗っておくとして、もう遅いし、返すのは明日でいいかな……?」
もう張宇が寝ていたら、起こしては申し訳ない。それに、明珠も今日は昼寝をさせてもらったとはいえ、そろそろ寝なくては明日がつらい。
硯や筆を洗うついでに口の中もちゃんとすすいでおこう、と、明珠は椅子から立ち上がり、そっと扉を押し開けた。
おわり
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