おまけ短編2 お祝いですからっ! みんな集合~っ! その4


「明珠っ、無事かっ!?」


 少年とは思えない強い力で、英翔が明珠をぎゅっと抱きしめる。


「は、はいっ、でもあの……っ!?」


 顔だけ振り返った明珠が見たのは、さやごと腰の剣を振り下ろした張宇と、こちらも鞘に入ったままの短刀でかろうじて張宇の剣を受け止めた安理の姿だった。


「ち、張宇サン……っ!? 張宇サンに本気でかかってこられたら、さすがのオレもつらいんスけど……っ!」


「明珠を人質に取っておいて、どの口が言う? おとなしく剣のさびになれ」


「ちょっ!? 怖いっ! 怖いっスよ! 張宇サン、目が真剣すぎるっス!」


 上段から迫る張宇の剣を必死の形相で受け止めながら安理が叫ぶ。が、いつもは穏やかな張宇の顔は、怖いくらい真剣だ。


「己の無体な要求を押し通すためだけに、英翔様をあれほど驚かせたんだ。明珠まで怯えさせて……っ! 簡単に許されると思うなよ」


 敬愛する主と明珠のために怒ってくれているのがいかにも張宇らしい。鍔迫つばぜり合いをしながら、張宇が低い声で告げる。


「……これまでのよしみだ。最期に言い残したいことがあるなら聞いてやる」


 張宇の言葉に、安理が一瞬視線をさまよわせる。


「……えーと。後ろからとはいえ、明珠チャンを抱きしめられたのはちょー役得――」


「張宇、やれ」

「はっ」


 安理の言葉を遮った英翔の冷ややかな声に応じて、張宇の腕に力がこもる。安理のにやけ顔が一瞬で真顔に戻った。


「待って!? お茶目な冗談っス!」


「ほう。この期に及んで冗談を言えるとは、まだまだ余裕だな」


「ぎゃ――っ! 嘘うそっ! 余裕なんてないっスよ! 張宇サン、顔がコワイ!」


「当たり前だろう!? 明珠をあんなに驚かせて……っ!」


「ち、張宇さん……っ! 待って! 待ってください……っ!」

 英翔に抱きしめられたまま、明珠はあわてて張宇を止める。


「安理さんは本気で悪いことをしようとしたわけじゃありませんっ!」


「明珠? いかにお前が優しいとはいえ、安理など庇ってやる必要はないのだぞ? かよわい婦女子を力づくで人質にするなど、言語道断だ」


 明珠をこれ以上、一歩たりとも安理に近づけるかと言いたげに、両足を踏ん張り、明珠の身体に腕を回したまま、英翔が厳しい声を出す。が、明珠はふるふるとかぶりを振った。


「そ、そりゃあびっくりしましたけど……っ! でも安理さん、ちゃんと先に謝ってくれたんですっ! 張宇さんがいいお仕事をしたって褒めた後に、ほんの小さな声で『ごめんね、ちょっとつきあって』って……っ!」


 だから、明珠は戸惑いながらも安理の腕の中でおとなしくしていたのだ。


 いつも明珠を気遣ってくれる安理が、ひどいことなどするわけがない、と。


「現に、安理さんは首に腕を回してましたけど、全然苦しくもなんともありませんでしたし……っ! ですから張宇さん! お願いですから剣を引いてくださいっ!」


 必死に訴えかけると、張宇が困ったように凛々しい眉を寄せて、主の英翔を見やる。張宇の視線を追って英翔を見下ろした明珠は、英翔にも訴えた。


「英翔様っ! お願いです! 安理さんを許してあげてください! 安理さんの気持ちはわかりますっ! 私だって、可愛い順雪の挿絵が見られるってわかった時、どれほど嬉しかったか……っ!」


 実家に残してきた最愛の弟・順雪。たとえ本人でなくとも、愛らしい順雪の姿を見られて、明珠がどれほど心癒されたことか。


「ですから……っ! 私は怒っていませんから、安理さんを許してあげてもらえませんかっ!?」


 がばりと頭を下げようとすると、英翔の額に自分のおでこがぶつかりそうになった。あわてたように英翔が腕をほどき、一歩下がる。


「……こんな悪ふざけをした安理を、本当に許してやるというのか?」


 英翔の表情は、彼自身は許してやる気はないと言わんばかりの表情だ。


「はいっ! もちろんです! 確かに、びっくりしましたけど……。ちょっとふざけすぎただけで、そんなに悪いことはしてないでしょう……?」


 即答すると、なぜか英翔がますます渋面になった。


「お前を抱き寄せたというだけで……。いや、何でもない」


 低い呟きがよく聞こえず小首をかしげると、ふるりとかぶりを振られた。


 安理の主人である英翔にしてみれば、すぐに許しては他の者に示しがつかないと考えているのかもしれない。


 が、せっかくみんなが集まったお祝いの場だというのに、ぎすぎすした雰囲気が続くなんて哀しすぎる。


「だめ、ですか……?」


 じっ、と黒曜石の瞳を真正面から見つめて懇願すると、「う……っ」と英翔が喉の奥で呻くように声を洩らした。


 そのまましばらく見つめあっていると、ややあって、英翔が根負けしたように大きく吐息した。


「お前がそこまで言うのなら、仕方がない……」


 いかにも不承不承といった様子でこぼした英翔が、いまだに張宇と鍔迫り合いをしている安理を鋭く睨みつける。


「おいっ、安理! いいかっ!? 明珠が許してやれというから、仕方なく許してやるのだぞ!? 今後は間違ってもこんな悪ふざけはするなっ!」


 英翔の言葉に、張宇がようやく剣を引く。「ふひぃ~っ」を大仰に溜息をついて短刀を下ろした安理が、にぱっと明珠に笑顔を向けた。


「いやぁ~っ、今回ばかりは本気でヤバいかもと思ったっス! やっぱ明珠チャンは優しーっスね~っ! いよっ、天使! 女神様っ! 好きっ!」


「おいっ!?」

 安理が告げると同時に、英翔が眉を逆立てる。


「たわごとで明珠の耳を汚すなっ! ……やはりこれは、余計な口を叩かぬよう、物理的に首を斬っておくか……?」


「どうしましょう? 口を縫いつけておきますか?」


「猿ぐつわでしたら、すぐにご用意できますが」


 英翔の言葉に、張宇と季白も真剣な顔で追随ついずいする。


「ひどっ! 御三方ともひどすぎるっス! やっぱりオレの味方になってくれるのは明珠チャンしか――」


「お前はしばらく明珠と接触禁止だっ!」


「ひゃっ!?」


 声を荒げた英翔が、明珠の手を掴んでぐいと引く。たたらを踏んだ身体をぎゅっと英翔に抱きしめられた。


 明珠の身体にぎゅっと腕を回し、安理を睨みつけるさまは、なんだか飼い主を守るために牙を剥くわんこのようにも見える。


 ……そんな失礼なことを言ったら、英翔本人にも季白にも、激怒されるに違いないが。


「ぶぷ――っ! 英翔サマ、まるで番犬みたいっスね!」


 が、明珠が口に出すのをはばかったというのに、それを無に帰すように、安理がこらえきれないとばかりに吹き出す。


 張宇がほとほと呆れた様子で吐息した。


「安理、お前な……。ほんとに英翔様に叩っ斬られるぞ……」


「張宇の言うとおりですわ。安理、英翔様の堪忍袋の緒が切れても、わたくしは知りませんわよ?」


 張宇に続き、初華も安理をたしなめる。と、初華が不意にあでやかに微笑んだ。


「こんなに羽目を外してはしゃぐなんて、たとえ自分が出ていなくても、あなたが書籍化を心から喜んでいるのはわかりますけれど……。素直に口にしなくては、伝わりませんわよ?」


「っ!?」


 初華の言葉に、安理が一瞬だけ息を呑む。その視線が揺れたのを、明珠は確かに見た。

 見たのは、英翔様も同じだったらしい。


「安理、お前……」


 呆れとも感心ともつかぬ呟きを洩らした英翔の口元が、笑みの形にゆるむ。


「……なるほどな。ある意味、お前らしいが……」


 張宇の口元にも柔らかな笑みが浮かぶ。対照的に眉を吊り上げたのは季白だ。


「喜んでいるというのなら、ちゃんと口に出しなさいっ! 英翔様のご活躍を讃えるのに、どれほど言葉を尽くしても足りないという気持ちはわかりますが……っ! 言葉にせねば、伝わらないのですよっ!?」


「別にお前に伝えてほしいとは思わんが」


 英翔のそっけない言葉に、季白が衝撃を受けたようによろめく。


「英翔様っ!? なんとつれないお言葉を……っ! いいえっ、ご心配はいりませんっ! この季白、英翔様の本心はわかっておりますっ! わたしの言葉に安易に喜んでは、それに満足してしまうのではないかという懸念をお持ちなのですね!? そのように己を厳しく律されるとは、なんと崇高な志……っ! さすが英翔様ですっ! 感服いたしましたっ!」


 拳を握りしめ熱弁をふるう季白に、英翔はあくまでも冷たい。


「張宇。安理のついでに季白の口も縫っておくか?」


「……季白も安理同様、浮かれているだけだと思うので、今日は見逃してやってください……」


 張宇の凛々しい面輪にはなんとも言えない苦笑が浮かんでいる。張宇が言うとおり、季白が英翔を褒めたたえるのはいつものことだが、確かに今日はいつも以上に熱が入っている気がする。


 季白もそれだけ嬉しいのだと思うと、明珠の心もほっこりしてくる。と、安理が抗議の声を上げた。


「違うっスよ!? オレは別に浮かれてなんて……っ!」


 焦った様子で短刀を帯に差し直した安理が、誰に向けてかわからないが、顎に親指と人差し指を当て、きりっと表情を引き締める。


「オレはただ、この安理サンの活躍を見たいなら、ぜひぜひ第二幕も書籍化できるように、『呪われた龍にくちづけを』書籍版の第1巻ならびに第2巻をよろしくお願いするっス! と宣伝したいだけっスからっ!」


 ばちーん! と効果音音が聞こえそうな様子で、安理が片目をつむる。


「ぎりぎりセーフならぬ『ぎりぎりアウトを攻める男!』と評判の安理サンのツッコミ……じゃなかった、活躍を読みたいそこの貴方っ! 『呪われた龍にくちづけを ~新米侍女、借金返済のためにワケあり主従にお仕えします!~』をよろしくお願いするっス~~っ!」


 きら――んっ☆ という効果音まで、明珠の耳に届いた気がする。


 確かに、安理が登場する第二幕も書籍化が叶ったら、嬉しいことこの上ない。


「ほらほらっ! 明珠チャンもオレと一緒に! このあとは、みんなでお祝いのお菓子を食べよ~ね♪」


「ふぇっ!? は、はいっ!」


 急に安理に声をかけられ、「お菓子」のひと言に思わず反応してしまう。


「どうぞ、よろしくお願いいたします……っ!」


 英翔に腕を取られながら、明珠は深々と頭を下げた。


                              おわり


~作者より~

 書籍版しかご存じない方はすみません……っ!(>人<)

 つい調子に乗ってメタ要素マシマシのお遊び短編を書いてしまいました……っ!(*ノωノ)


 いえ、書籍化記念のおまけ短編を何か……。と考えた瞬間、安理が脳内で「ずーるーい――っ! オレだけ書籍に載れないなんて、ずるすぎる――っ!」と脳内で叫んだもので(笑)


 安理の叫びに引きずられるように、こんな内容になってしまいました(笑)


 本人も叫んでいるように、安理は第二幕から登場いたします!

 書籍1巻、2巻の売上次第では、3巻以降の続刊もあるかもしれませんので、応援していただけましたら嬉しいです~っ!(ぺこり)


 1巻のおまけ短編は今回で終わりです~。

 次は2巻刊行時に書きたいな、と考えております~!( *´艸`)


 とはいえ、今のところ何もネタがないので、書けるかどうかはわかりませんが、コメント欄にてリクエストをいただけましたら、できるだけお応えしたいと思います~!(*´ω`*)


※:書けない可能性も大いにありえますので、その点につきましてはご了承くださいませ……っ!(>人<)


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る