おまけ短編2 お祝いですからっ! みんな集合~っ! その3


「明珠っ!? おいっ、安理っ!? 何を考えている!? 明珠を放せっ!」


 目を怒らせた英翔が、即座に駆け寄ろうとする。が――。


「英翔サマ、そこまでっスよ~♪」


 安理の腕が後ろから明珠の首元に巻きつく。服の上からでもわかる引き締まった腕。安理が力を込めたら、明珠は即座に息が詰まるか、悪くすれば首の骨が折れるだろう。


 縫いとめられたように英翔が足を止めた隙に、安理が明珠の腰に腕を回したまま、数歩下がって距離を取る。もちろん、掴まっている明珠も安理に従うほかない。


「安理、貴様……っ! 何を考えているっ!?」


 射貫かんばかりに安理を睨みつける英翔のまなざしは、抜き身の剣のようだ。愛らしい少年姿をしているというのに、苛烈な怒気に明珠の膝が笑いそうになる。


「あの……。安理、さん……?」


 いったい安理は何を考えているのだろうか。安理のことだ。いつもの悪ふざけかもしれない。


 おずおずと呼びかけながら動きづらい首を巡らせ、振り仰いだ明珠の視界に飛び込んだのは、不敵な笑みを浮かべる安理の横顔だった。


「こんな機会でもない限り、オレの気持ちを伝えられる機会なんて、なかなかないっスからね~♪ 今回ばかりは、遠慮はしないっスよ♪」


 ふだんの軽い口調が嘘のような真剣な声音で安理が告げる。首に回された腕にかすかに力がこもった気がして、明珠はごくりと唾を呑んだ。


「安理っ! 明珠を放せっ! いかにお前とて、していい悪ふざけと許せん行いがあるぞっ!」


 隙さえあれば今にも飛びかからんと言いたげな様子で身構えながら、英翔が安理に鋭い声で告げる。


 英翔だけではない。季白と初華も緊張をにじませ、張宇にいたっては腰にいた剣の柄に手を添えている。


 周康は青い顔で安理と英翔の間でせわしなく視線を行き来させ、ただひとり遼淵だけが、


「え? ナニナニ? 面白いコトでも起こるの? どうせなら、愛しの君の力が見たいな~♪」

 と場違いなほどわくわくした顔をしていた。


 英翔が安理を睨みつけたまま鋭く問う。


「安理っ! いったい何をする気だっ!? 明珠を放せっ!」


「何をする気って、そりゃあ――」


 安理の声が不穏な気配を宿して低く沈む。

 緊張が紫電と化したかのように、ぴりぴりち空気が張りつめ――。


「もぉ――っ! ズルいっ! ズルすぎるっスよぉ――っ! 英翔サマの従者の中で、オレだけ仲間外れで書籍に出られないなんてっ! そんなの哀しすぎるっス! 断固抗議するっ! オレだって本に出――た――い~~~~っ!」


 安理が地団駄を踏みながら思いの丈をぶちまける。


「なんでっ!? なんでオレだけ仲間外れなんスかっ!? いやっ、わかってるっスよ!? オレが第一幕の陰で超重要な任務を負ってるってねっ!? いやでもそれはそれっ! これはこれっ! オレだって、紙の本に出たいっス~~~~っ!」


 じたばたじたばた。


 床に転がって駄々をこねる子どもさながらに安理が暴れる。が、明珠の首に巻かれた腕は微動だにせず、英翔達が攻勢に出られる隙がないのが、さすが安理といったところか。


 明珠の感心をよそに、安理の訴えは続く。


「もう、こうなったら実力行使っス! 最後の手段っス! 明珠チャンを無事に解放してほしかったら、オレも第2巻に――」


「――安理」


 ひやり、と英翔から立ち上った不可視の圧に、室内の全員が息を吞む。


「『自分も書籍に出たい』そんな己の欲望を満たすためだけに、明珠を人質に取ったと? 明珠に怯えた顔をさせ――」


「え、英――」


 呼びかけたいのに、声が震えて言葉にならない。

 それほど、英翔から立ちのぼる怒気は苛烈で。


 身体に安理の腕が巻きついていなかったら、すぐさま床にへたり込んでいただろう。


 安理の喉が、緊張にこくりと鳴る音がやけに大きく明珠の耳に届いた。


 黒曜石の瞳に炯々けいけいとした光を宿し、英翔が告げる。


「もし明珠に傷ひとつでもつけてみろ。――いかにお前とて、許さんぞ」


「そ、それを言うなら、いま一番明珠チャンを怯えさせてるのは英翔サマっスよ!」


 安理が自棄やけになったように叫ぶ。


「オレに向けてる怒りが、びしばし明珠チャンにも流れ矢になってるっスから! 明珠チャンが震えてる原因は明らかにオレじゃなくて英翔サマっス!」


「何……?」


 いぶかしげに英翔が眉を寄せた拍子に、ようやく圧が緩む。明珠は思わずほっと息を吐き出した。


「ほらぁっ! いま明らかに明珠チャンもほっとした顔をしたっスよ!? っていうか、交渉もさせてくれないなんてヒドいっス! 横暴っス! 第二幕や第三幕からしか出番のない初華サマや周康サンなら、こんな手を使ってでも訴えたいオレの気持ち、わかってくれますよねっ!?」


 安理がすがるように初華と周康に訴えかける。


 初華が頭痛がすると言わんばかりに、白く細い指先で額を押さえて嘆息した。


「……わたくしも、見られるものなら藍圭様の愛らしいお姿を見たいですもの。百歩譲って、あなたの気持ちはわからなくもないと言ってあげますけれど……。ですが、明珠を人質に取るなんて、従者の風上にも置けませんわ……っ!」


「そんなぁ……っ! 初華サマ、見捨てないでくださいっス! 周康サン! オレと一緒で第二幕からしか出番がない周康サンなら、オレの気持ちをわかってくれるっスよね!?」


「え!? わたしですか!? いえあの……っ!」


 青い顔で事態を見守っていた周康が、急に安理に話を振られて、さらに蒼白な顔になる。


 遼淵の弟子にすぎない周康にとっては、英翔の怒りを買っている安理の味方など、逆立ちしてもできないだろう。とはいえ、真面目な周康のことだ。安理の言葉を無下に否定するのも悪いと遠慮しているにちがいない。


 何だか明珠は周康が気の毒になってくる。


 と、弟子の窮地きゅうちを見かねたわけではないだろうが、遼淵が「あれぇ~?」とのほほんとした声を上げた。


「確か周康、第2巻の加筆で、ちょーっとだけ序盤に出てくるんじゃなかったっけ? ほら、ワタシを――」


「遼淵様っ! 今ここでその暴露は……っ!」


 と周康が血の気を失った顔で必死で師匠を止めるのと、安理が叫ぶのが同時だった。


「えぇぇぇ~~~~っ!? 周康サンだけ第2巻に出るなんて……っ! 周康サンの裏切り者ぉ――――っ!」


 よほどびっくりしたのだろう。安理が珍しく素で叫ぶ。


 間近での大声に、きぃんと鳴った明珠の耳に。


「張宇っ!」

「はっ!」


 英翔の声と、張宇のいらえが届く。


「やっべ!」


 即座に明珠の首に回していた腕をほどいた安理が、とんっ、と明珠の肩を軽く押す。


「明珠っ!」


 前へよろめいた明珠の身体を駆け寄った英翔が抱きとめたのと、がきんっ! と硬い音が響いたのが同時だった。


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