エピローグ

第44話 最低で最高の相棒

「……んんっ」


 カーテンから漏れる陽の光に照らされて、俺は目を覚ます。


 時間は午前9時。やはり俺の身体がずっしりと重い。昨日のオーディションでエネルギーを消費しすぎたのだろう。


 ……それにしても、昨日は凄まじかった。


 ファンの投票と審査員の評価で一軍メンバーが決まる選抜オーディション。

 大きなアクシデントを切り抜けた月坂たち『トライアル・イカロス』は、なんとファン投票で一位を獲得した。

 しかも、一軍メンバーの中心核の一人であった七十一凪夏子なぞいななこのユニットをも凌駕したのだ。

 そして後日、審査員によって行われた公式の一軍メンバー発表会にて、『トライアル・イカロス』の三人が一軍メンバーに加入することが発表された。


 そんな結果を残した彼女たちのライブパフォーマンスも印象的だった。

 だがそれ以上に、あの「やりきった」と言わんばかりの感覚と彼女たちの笑顔は、一生忘れない思い出になった。

 ちなみに一軍メンバー決定時のインタビューで月坂が「ど、ドブのみんなのおかげで……」と涙ぐみながら答えていたのは、別のお話。


「そういえば俺、寝てる場合じゃなかった!!」


 もう一度言う。時間は午前9時。

 つまり、俺は寝坊したというわけだ。


「ヤバいヤバいヤバい。小竹さんや真琴さんに殺されるぅぅぅ!!」


 朝のルーティン? そんなの知るか。

 俺は急いでスーツに着替え、適当に寝癖を整えた。

 そして靴を履こうとした瞬間、ピタリと動きが止まった。


「……って。俺、何やってんだよ」


 ここで、全てが終わったことを思い出す。

 あのオーディションで日向やモコ、そして月坂がめでたく一軍メンバーに昇格した。

 つまり俺の役目は終わり。俺もめでたく超絶ホワイト企業の社員に昇格したというわけだ。

 あとは10月の内定式を待つのみだということを思い出し、俺はまた寝巻きに着替えてベッドに潜った。



 〇



 内定式までの日々は、実に退屈だった。


 卒業間近でやることが無い大学生活。友達と遊ばず、ずっと一人で過ごす日常生活。

 日向から毎日来る「焼肉おごれ」というメッセージを除けば、静かで平穏な日々。


 それを、退屈だと感じているのだ。


 大学生活が暇になったことを除けば、特に変わらない。

 それなのに、最近は「退屈だ」という言葉が口癖になり、訳もなく散歩をする日が増えた。

 そうでもしないと落ち着かない身体になっていたとは。


 ……一体、誰に当てられたのやら。


『速報です! エンゼルスのオータニ選手が、またも快挙達成です!!』


 なんとなくテレビをつけると、相変わらずオータニ選手のニュースが流れていた。

 何本目か分からないホームランを打ち、メンバーから何度目かの祝福を受ける彼は、あのステージに立つアイドルみたいに輝いていた。


「月坂は、元気にやってるだろうか」


 日向から送られた三人の自撮り写真を眺めながら、ポツリと呟く。

 それと同時に、いかに自分の人生がつまらないものだったかを強く実感した。


 ──あなたって、人生つまんなさそうな顔してるわよね。


 ふと、あの日言われた言葉を思い出す。

 まったくその通りだ。そう思うと、なんだか笑えてくる。


「さて、どうしようかね」


 テレビを消し、俺は『配属先希望書』を手に取った。



 〇



「お前ら、オフシーズンだからって気抜くんじゃねぇぞ!」

「「「はい!!」」」

「あと新入りの野郎ども。この前まで一軍じゃなかったからって、アタイ様の指導に『ついていけません』なんて甘えは通用しないから覚悟しておけ!!」

「「「はい!!」」」


 10月1日。

 少し涼しい気候になりつつあるが、レッスンルームの暑さは変わらない。

 私、月坂美弧乃は今日から、一軍メンバーとしてレッスンに参加する。

 それを改めて実感すると、背筋がピンと伸びた。


「……なんか、緊張するね。モコちゃん」

「……はい。憧れの一軍メンバーたちに囲まれて吐血しそうです」


 ボソボソと話す日向さんとモコに、やや共感できる。吐血はしないけど。


「……でも、なんかやる気が出ないよね」

「……確かに」

「なんだお前ら、やる気が出ないと言うのか?」

「「いっ、いえっ、それは──」」

「だったらアタイ様が、素晴らしい喝を入れてやろうじゃねぇか。えっ?」

「「ごっ、ごめんなさい!!」」


 真琴さんに脅かされた二人を気の毒と思いながら、改めて私も『物足りなさ』を感じた。

 今までも、そして今日も、どこかでアイツが見ているのではないかと思い、私は辺りをキョロキョロしていた。

 その頻度は日に日に増えていったが、まるで私がアイツを求めているみたいで実に気持ち悪い。


「それじゃあお前ら、さっそくレッスンを始めるぞ」


 一軍メンバー向けの厳しいレッスンが始まり、私たち三人はあまりのレベルの高さに息も絶え絶えになっていた。

 そんな私たちを見て、鼻で笑うだろうアイツはいつまで経っても現れない。

 当然だ。だって彼は今頃ホワイトケミカルの内定式に参加していて、きっとお望み通りの楽な事業所の配属を望んでいるだろうから。


「そういえば翼も、ホワイトケミカルの一員なんだよね」


 それがどうしたと聞く前に、日向さんが続けた。


「てことは、アタシたちのステージに応援に来てくれるってことだよね!?」

「えぇ、まぁ……」

「てことは、アタシの萌え萌えな姿をずーっと見せつけられるってわけだよね! よっしゃ、そう思うとやる気湧いてきたぁ!!」


 日向さんはそう言うが、どうも共感できない。

 確かに翼は私たちを応援しに来てくれるかもしれない。

 しかし今までと距離が違う。

 そう思うと、胸がじくじくと痛む。


「お前ら、次のレッスンに移るぞ!」


 しかしそんな気持ちになったって、翼くんは戻って来ない。

 むしろ仮に同情して戻って来るとなっても、それはそれでなんだか癪だ。

 それに私たちが見るべきなのは過去アイツじゃない。未来ステージだ。

 そう言い聞かせ、ペチンと両頬を叩く。

 汗で透けたTシャツには、目をやらない。

 これ以上、過去アイツに目を向けないために。


 そう決心した、次の瞬間だった。


「みんなぁ! 元気ぃ!!??」


 厳格な雰囲気をぶち壊す明るい声が、レッスンルームにこだました。

 それが誰の口ぶりかなんてものは、言うまでもない。


「てめぇ! ノックをしろと何度も言ってるだろ!!」

「あははぁ〜、ごめんちゃ〜い」

「あと5万円返せ」

「はて? 何のことでしょうか?」

「……っ、てめぇぇぇ……」

「あーごめんなさいごめんなさい! 明日! 明日絶対、倍にして返すから!!」

「倍にしなくてもいい! 今すぐ返せこのクソメガネ!!」


 相変わらず、真琴さんに胸ぐらを掴まれる小竹プロデューサー。

 もはやお決まりのコントみたいで笑えてくる。


「それで? 何しに来た?」

「あー、えっと、大したことじゃないんだけどね?」


 小竹さんが来て『何事か?』と思ったが、ささいな連絡事項だろうと分かると、日向さんとモコが分かりやすく落胆した。

 認めたくないが、これには大いに同意だ。


「ちょっとみんなに、紹介したい人が居てね?」


 しかしその言葉を聞き、思わず顔が上がった。

 そして小竹さんが「入っておいで」と言うと、見覚えのある人影に目を見開いた。


「えっと……、この度、一軍ユニットのマネージャーに配属が決まりました。藍川翼です。どうぞ、よろしく」


 あぁ、アイツが帰ってきた。

 憎き元カレで、最低の最高の相棒マネージャーが。


「つばさぁぁぁぁぁぁ!!!!」

「アルバイトさぁぁぁぁん!!!」

「どわっ!!??」


 日向さんとモコが、大型犬のごとく翼くんに飛びついた。


「つばさぁ! つばさぁぁ!!」

「アルバイトさぁぁん! アルバイトさぁぁん!!」

「ちょっ、おまえらっ、離れろって! ほら後ろ見ろ? 根暗陰キャなドSアイドルが殺意たっぷりの目で俺を──」

「別に睨んでないわよ」


 呆れたと言わんばかりに、私はそう返した。


「それで、どういう風の吹き回し?」

「あぁ……。なんとなくこの場所がいいなと思ったんだよ」

「私が恋しくなったから?」

「んなわけねぇだろ」

「アタシが恋しくなったからでしょ?」

「うるせぇ、髪燃やすぞ」


 あちらも呆れたため息を吐き、ここに来た真意を答えてくれた。


「どうせなら、面白い人生を歩むのが一番だと思ったんだよ」

「へぇ。あなたらしくない理由ね」

「ホント。……一体誰に当てられたのやら」


 いつも通りの腹立たしい嫌味。

 だけど今日の彼の顔は、なんだか晴れやかに見えた気がした。



【あとがき】


最後までご覧頂き、本当にありがとうございます!

この先のを含めたところまでを、何処かしらの大賞に提出しようと考えています。……受賞したいっ!


それでは最後に。面白いと思った方、続きが気になる方は「いいね」や☆評価、当作品のフォローをよろしくお願いします!!


──では、をどうぞ。

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