第43話 夜に輝く月のように

「はぁ……、はぁ……」


 恐怖で押し潰されそうな私に、更なる絶望がのしかかる。

 何も見えない。何も聞こえない。

 怖い。怖い。怖い。怖い……。


「そんな……、アタシ、どうしたら……」

「どうしよう、どうしよう……。わたし、リーダーなのに……」


 二人も、同じように怯えていた。

 いつでも明るい太陽は、目を瞑って暗闇から目を背けている。

 暗い夜に映える桜は、わなわなとして花びらを散らしている。


 ……あぁ、終わった。


 これで、私の夢が終わる。

 結局私の努力は、予期せぬアクシデントで水の泡になった。


 ……あぁ。もう、どうなってもいいや。


 そう思うと、魂が抜けたみたいに心が軽くなった。


 ……あぁ、私は最悪だ。


 練習したピアノは、私の情けなさで無駄になった。

 学芸会のシンデレラや文化祭のジュリエットは、私の逃げ腰が挑戦を阻んだ。

 アイドルになりたいという夢は、色々な人に迷惑をかけて、大事な人を見捨てて、挙句にこのザマだ。


 ……誰か、助けて。


 だけど、そんな言葉を叫んでもヒーローはやって来ない。

 だって私のヒーローは、もう──。


「つきさかぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!」


 誰かの叫び声が、鼓膜を震わせる。


「つきさかぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!」


 その叫び声に、小さな光が点っている。

 夜空に輝く一番星のような、紫の光。


「美弧乃ちゃぁぁぁぁぁん!!!!」

「美弧乃ぉぉぉぉ!!!!」

「がんばれぇぇぇぇ!!!!」


 一番星が、どんどん増えていく。

 このステージのペンライトはもう光らない。


 それなのに、この光は、一体……?


 戸惑う私だったが、それを置いていくように状況が一変する。

 観客たちが、何故か売り子を務める一人のアイドルに群がったのだ。


「お姉ちゃん! 俺にもくれ!!」

「えっ、ちょっ、なにっ!?」

「そのグッズだよ! !!」

「僕も!」

「わたしも!!」

「ふぇっ、ふぇぇぇぇぇ!!!!」

「がんばれぇぇ!! 美弧乃ちゃぁぁぁぁぁん!!!!」

「「「がんばれぇぇ!!!!」」」

「がんばれぇぇ!! トライアル・イカロスぅぅ!!!!」

「「「がんばれぇぇ!!!!」」」


 憧れていた光景を前に、目に熱いものがこみ上げてくる。

 そうだ。思い出した。

 これが、私の見たかった景色だ。


 ──真っ暗なステージに光を照らす。そんな存在に憧れてるって言ってたよね?


 懐かしい少女の声が聞こえてくる。

 後ろから抱きしめられているような、暖かな温もりが伝わってくる。


 ──でも見てごらん? 今、観客のみんなが光を照らしてくれてる。


「ホントだ」と心の中で呟くと、少女は声を弾ませる。


 ──違うんだよ! アイドルは光を照らす存在じゃない。みんなの光に照らされて輝くんだよ!!


 みんなの光に、照らされる……か。


 ──ファンのみんなや応援してくれる関係者。そして、たーくさん迷惑をかけてきたけれど支えてくれた、色んな人たち!!


 そっか。あなたも色んな人たちに迷惑をかけたんですね。

 だけど、あなたは目を細めたくなるほど眩しく輝いていた。

 まるで、夜に輝く月のように。


 ──でも周りを見てごらん? みんな、あなたの輝く姿を待ってるよ?


 少女の言葉に、私はハッとさせられた。

 ステージの向こうには、応援してくれている人たちがいる。

 三軍メンバーだった頃から応援してくれていたファンのみんな。

 自分が迷惑をかけていたかもと思っていた、二軍のメンバーたち。

 真琴さんや、小竹さん。

 そして、今までたくさんの迷惑をかけてきた『あなた』。

 みんなが私を待っている、か。


「行こう、月坂さん!」

「日向さん……」

「大丈夫、失敗しても萌え萌えなアタシがカバーするから!!」


 そんな私を、支えてくれる仲間がいる。

 そんな仲間が私を『迷惑だ』と思う? 思っている?

 きっとそんなことを考えてたら、またあなたに怒られちゃうんだよね。日向さん。


「月坂さんは一人じゃありません。わたしたちだって、一人じゃありません!」

「モコ……」

「だから月坂さんも、わたしたちも、ここまで来れた。この業界で楽しさを知れた。そうですよね?」

「……うん」


 モコの言う通りだ。

 私はモコに会えたから、三軍から二軍に昇格できた。

 広いアイドル業界で、初めて友達ができた。

 そんなあなたに『迷惑』をかけたくないと、弱い私はずっと怯えてきたけれど。

 そんなんじゃ、私の憧れるアイドルに、あなたが大好きなアイドルにはなれないよね?


「私も、あなたみたいになれるかな?」


 ──なれるよ、絶対。


「えっ?」


 ──だから、ファンのみんなの笑顔を照らしてみせて!!


 ファンのみんなの笑顔を……。


 ──そう。それがあなたの憧れる、アイドルだよ。


 抱きしめられているような温もりが消えていく。

 行っておいでと、優しく送り出すように。


 カツン、カツン。

 カツン、カツン。カツン、カツン。


 二つ、四つ、六つ、ヒールの音を立てる。

 身体が、心が、熱くなる。


『だからさ、月坂。もし地元に帰ることになったら……。──もう一度、俺とやり直して欲しい』


 かつての憎き元カレが、そんな提案をした。その提案に、私は首を縦に振った。

 

 ……だけど、ごめんね。


 どうやら私は、もうしばらくあなたの元に戻ることができないみたい。

 

「すぅ──」


 小さく息を吸い、私は歌い出した。

 音楽の無いステージで。だけど小さな星たちがきらめくステージで!

 後ろの二人もこくりと頷き、私に続いて歌い出す。

 そして──。


「「「さぁ、行こう!!」」」


 手を繋いでジャンプした瞬間、音と光がよみがえった。


 あぁ、このステージは『最高』だ!!



【あとがき】


明日でフィナーレです!

最後までよろしくお願いします!!

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