第42話 最終オーディション、開幕
『ウェルカムトゥゥゥ、ジ、アイドリングスタジアーーーーーム!!』
毎度の実況の声が、大きなステージに響き渡る。
2万人以上動員できるライブ会場……とまでは言わないが、キャパシティが2000人ほどのこの会場には、隙間が見当たらない。
『本日はここ、サンシャインスタジアムで『ホワイトケミカル』の一軍を決めるオーディションが開催されることになったぞ! このスタジアムで行われる初の試み! だけどオレたちオーディエンスにとってはお待ちかねのイベントだ! そう思うだろ、ベイベー!?』
「「「いぇぇぇぇぇぇぇい!!!!」」」
真っ暗なステージには、カラフルな光の海。
今日のペンライトも、状況に応じて様々な色に変わるらしい。
手元の光は、赤や青、黄色など、全部で八色に自動で変化している。
「ついにこの日が来たわね」
「はい」
初めてステージに立つ月坂を見たように、俺と小竹さんは真剣な眼差しをステージに向けた。
「まーた後方彼氏面のオタクみたいな立ち方してる〜」
「小竹さん、冗談でもキツいっす」
そんな小竹さんの軽口が挟まったが、すぐさま真面目な口調が耳に入る。
「美弧乃ちゃん、ステージで歌えると思う?」
「……分かりません」
この日が来るまでの月坂は、今まで通り歌えていた。
しかし前日に行われたリハーサルでは、やはり歌えなかった。
声が、全身が震えていたのだ。
「分からないのに、いいの? 美弧乃ちゃんが脱落したら、自分も脱落するなんて言って」
「えぇ」
「その方がむしろ、美弧乃ちゃんにとってプレッシャーになるかもしれないのに。それでも良かったの?」
「……えぇ」
確かに小竹さんの言う通りだ。
だけど俺は思ってしまったんだ。
夢に敗れて沈むアイツの隣には、俺が必要なんだって。
ホワイト企業での夢のようなイージーライフはどうしたって?
そんなの別にいいさ。イージーライフなんて他にもあるだろ。
最悪、地元で密かにウェブ作家でも始めて、一山当ててみるつもりだ。
なんて、何をバカでらしくないことを考えてるんだ俺は。
……一体、誰に当てられたのやら。
「そういえばこの前の話なんだけどさ」
「この前の話?」
「そうそう。嵐山蘭世ちゃんたち三軍メンバーの話」
三軍メンバーが、どうしたんだろうか?
それを尋ねようとする前に、聞き覚えのある声が聞こえてきた。
「の、飲み物はいかがですかぁ……」
「ぐ、グッズもありますけど……」
「お姉ちゃん! ビールビール!!」
「あっ、いや、ビールは生憎取り扱ってなくて……」
「はぁ? なんだよ使えねぇなぁ……」
「……すみません」
「……っ、あたしらアイドルなんですけどォ? そういう言い方されたら心外なんですけどォ??」
「は? 知らねぇよアンタらのことなんか。ビールくれねぇならさっさと消えな」
「……ぐぬぬゥ」
……何やらされてるんだ、アイツら。
「あの騒動を聞いてね。あの子たちに謹慎処分を下すことにしたの」
「謹慎って、えらく厳しい処罰ですね」
「いやいや、それじゃ足りないからね。せっかくだし人件費をケチるためにこの会場でタダ働きさせることにしちゃいました♪」
いや、鬼畜すぎるだろ小竹さん。
「どう? ざまぁみろって思ったでしょ?」
「いや、まぁ……。はい……」
なんだろう。無理やり言わされた感がすごい。
「さぁ、始まるわよ」
辺りが真っ暗になり、会場が静寂に包まれる。
そのせいか、唾を飲み込む音が未だかつて無いくらいはっきり聞こえた。
○
「「「ありがとうございましたぁ!!」」」
トリオユニット8組が揃った今回の最終オーディション。
7組目の三人が、仲良く手を繋いで深くお辞儀した。
「8組中、半分くらいがリーグでも見た顔触れなんですね」
「そりゃあ前回の一軍メンバーですもの。このステージに居てもおかしくないでしょ?」
小竹さんはそう言うが、一人足りない。
「ところで、白雪さんは?」
「ここにいますよ?」
「へぇー、ってことはつまり強すぎてオーディションに参加しなくてもいい……って、えぇっ!?」
後ろを振り向くと、雪の精が「こんにちは」と笑顔で挨拶しているのが見えた。
「白雪さん、怪我は大丈夫なんですか?」
「あぁ、足ですか? それならノープロブレムですよ♪」
両手でガッツポーズ。くそ可愛い。
「おーい。担当アイドルの晴れ舞台を前に、他のアイドルにニチャニチャするなぁ」
「……すみません」
小竹さんに指摘され、もう一度視線をステージに送る。
ここで今置かれている状況を思い出した。
これから、月坂がステージに立つ。
あの日のトラウマを胸に抱えながら、恐怖に立ち向かう。
だけど、この場で心が折れてしまうかもしれない。その前兆を、観客のいないリハーサルで見せていた。
しかしそんな月坂を、ステージは待ってくれない。
『さぁさぁさぁさぁ! 次が最後のステージだぁ! これが終わったら投票に移るのだが……。お前ら、彼女たち全員のパフォーマンスを最初から全部覚えてくれてるよな!?』
「「「いぇぇぇぇぇい!!!!」」」
『最初のユニットのステージなんて覚えてない、なんて寂しいこと言わないよな!? 最後のステージなんてどうでもいいなんて悲しいこと考えてないよな!?』
「「「いぇぇぇぇぇぇぇい!!!!」」」
『OK!! それじゃあ最後のユニットに登場してもらおうか!! ──突如現れた超新星ユニット、『トライアル・イカロス』!!!』
真っ暗なステージに、白い煙が吹き上がる。
その瞬間、彼女たちを迎えるようにカラフルな光の海が広がった。
「「トライアル・イカロスです! お願いします!!」」
「おっ、お願いしますっ」
日向とモコの後から、月坂がぺこりとお辞儀した。
『それじゃあ参ろうか! 『トライアル・イカロス』で『Best Wing!!』!!』
実況が曲の開始を告げると、周りが再び静寂に包まれる。
泣いても笑っても、これが俺たちのラストチャンスだ。
「「「………………」」」
ざわざわと、周りが少し騒がしくなった。
曲が、流れないのだ。
『……おっと、どうしたんだろうか? スタッフー! 大丈夫か──』
ブツンっ!!
そんな音を立てて、ステージが突如真っ暗になった。
「なっ、なんだ!? 何も見えねぇ!」
「は? ウチらのペンライト、マヂつかないんだけど!?」
何も見えないステージ。うんともすんとも言わないペンライト。
もちろん会場は阿鼻叫喚に包まれた。
「な、なにが起こったんですか!?」
「分からない! ちょっと私、行ってくる!!」
あの日のアクシデントみたく、小竹さんが焦ってこの場から離れた。
光を失ったステージ。ざわめきを止めないオーディエンス。
きっとアイツは、予想外の恐怖に襲われているだろう。
「……クソっ」
……俺にできることは、何も無いのだろうか。
そう思った瞬間、ふと手を入れたズボンのポケットに、俺は奇跡を見出した。
【あとがき】
あと3話! ちなみに最後は2話投稿なので、早いことに明後日でストックが尽きます……。
つまりフィナーレが間近ということです!
もちろん明日も投稿しますので、最後までよろしくお願いします!
面白いと思った方、続きが気になる方は「いいね」や☆評価、当作品のフォローをよろしくお願いします!!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます