第41話 最低で最高な提案を

 あぁ、言ってしまった。


 そう思ったのは、三軍アイドルの嵐山蘭世あらしやまらんぜたちが立ち去ってすぐのことだった。


「……っバカ!! 何言ってるの、あなた!?」

「すまん。つい、カッとなって」

「カッとなって、じゃないわよ!!」


 ホント。……一体誰に当てられたのやら。

 しかしそんなことを言えば火に油だ。

 俺はグッと堪え、口を噤んだ。


「あーもうなんなのよ……。『無理だ』って言ったと思ったら『ステージに立たせてやる』って言って……。私にどうして欲しいのよ?」

「…………」


 ホント、俺は月坂にどうして欲しいのだろうか。


 理想を言えば、もちろんあのステージに立って欲しい。

 しかし現実を考えると、それは無茶だ。

 そして現実主義な俺はきっと、気持ちが落ち着けば後者を推すだろう。


「……私はもう、歌えないかもしれないのに」


 それに今、夢見る少女の瞳から夢が消えている。


「でも、まだ『歌えない』なんだろ?」


 だけど……。いや、だからこそ俺は、けろっとした表情を見せた。


「i・リーグ決勝のステージ。あそこで起こった事故が、お前がそう思う理由だろ?」

「…………」

「図星か」


 その証拠に、肩が僅かに震えた。


「そしてあの事故の後、蘭世の罵声をまともに食らった。そうだろ?」


 こくりと、月坂は頷いた。


「覚えてるか? 九歳の頃」


 思い出したくなかった月坂との思い出がよみがえる。

 まぁ、これは最悪な記憶なんだけどな。


「お前はあの日、ピアノの発表会で突然倒れた。本番に向けて頑張っていたのに、あの瞬間で努力が水の泡になった」


 だから月坂は舞台に立つことを恐れ、俺は今までの頑張りが無駄になる瞬間を恐れた。

 おかげで月坂は大きな舞台に立てる機会を何度も断り、俺はわずか九歳でつまらない現実主義者となった。


「……それなのに、急にどうした? 『あのステージに立ちたい』だなんて、らしくないこと言って」

「……ホント、今ではよく分からないわ」


 月坂はそう言うが、本当はそんなことは無いはずだ。


「なぁ月坂、どうしてお前はアイドルになりたいんだ?」


 だから俺は、そんな質問を月坂に投げかけた。

 長年一緒に居たのに、今まで聞いたことのなかった質問を。


「あるアイドルに、憧れていたの」


 少し顔を上げて、月坂は答えた。


「その人はあるアイドルグループの不動のセンターでね。真っ暗なステージにいつも光を照らしてくれるの」


 まるで夜に輝く月のように、と月坂は付け加えた。


「それに、あの人は誰かの心も照らしてくれるの。仕事に疲れたサラリーマンも、失恋して悲しむ女の子も。そして、弱くて情けなかった私の心も──」


 徐々に、月坂の表情に火が灯る。


「だから私は、あの人みたいなアイドルになりたいと思って、この世界に飛び込んだ。今で言う白雪さんみたいになりたいと思って、あの大きなステージを夢に見たの」


 その表情は、文字通り『夢中になる』人が見せるものだった。


「……だけど、私はもう大きなステージで歌えない。そしてオーディションが終われば、私の夢も終わる」

「…………」

「でも、いいの。小さいけれど、三軍ユニットのステージで歌えたことは楽しかったし。二軍ユニットとしてモコや日向さんたちと大きなステージに立てたことはもっと楽しかった」


 しかし目の前の月坂はもう、夢を見ることができない。

 夢に破れて、消えてしまいそうなくらい弱っていた。


「……そうか」


 しかし俺は、こんなことを口走った。


「でもせっかくだし、最終審査受けてみろよ?」

「えっ?」


 らしくないことを言ったせいか、月坂は目を丸くした。


「せっかくここまで来たんだしさ。諦めるのはまぁ、もったいないって言うかさ?」


 慣れないことを言ってるなと、ぎこちない口調がそう思わせる。


「……でも、私が立ったら他の二人に──」

「あぁ、迷惑なんだろうな。お前がそう思うのなら」


 きっとモコも日向も、そんなことを微塵も思っていない。

 それだけじゃない。

 小竹さんも、もちろん二軍メンバーのみんなだって。そして月坂に学芸会のシンデレラや文化祭のジュリエットを演じるように誘った人たちも。

 だけど月坂が『迷惑をかけている』と思っている以上、その気持ちからは容易に抜け出せないだろう。


「でもまぁ」


 しかし俺は、そんな月坂にこう言ってみせた。


「いいんじゃないか? 迷惑かけて」

「えっ?」

「今だから思うんだよ。夢を叶えるってのは、誰かに迷惑をかけてナンボのことなんだろうなって」


 今だから思う、か。

 そんな言葉を発してみたが、実に信じられないものだ。

 ……一体、誰に当てられたのやら。


「……でも」


 しかしそんな言葉じゃ、今の月坂は上を向いてくれない。


「私はあなたに、みんなに散々迷惑をかけたのよ? これからもっと迷惑をかけるかもしれないのよ?」


 ……あぁ、分かってる。


「私はあなたに迷惑をかけた。あなたの思いに一切耳を傾けず、あなたを捨てて夢に向かって走った。そんな私がまた夢を見る。夢を見て、またピアノの発表会みたいに失敗する」


 だって月坂は、そうやってたくさん辛い思いをしてきたからな。


「……怖いの。もしそうなったらと思うと。日向さんやモコ、周りのみんなの目や、あなたの顔を見るのが……」


 うずくまって、すすり泣く月坂。

 そんな彼女の頭を、俺はあの日みたいに優しく撫でた。


「大丈夫。絶対、大丈夫……。日向もモコも、周りのみんなも、絶対にそんなこと思わない」

「……でも」

「それに、俺はもうお前の『迷惑』に慣れちまった。だからこれからお前がかける迷惑なんて、屁でもねぇよ」


 ぽんぽんと優しく頭を叩きながら、俺は言った。


「お前は夢を叶えたくて、憧れのアイドルになりたくて、ここまで来たんだろ?」


「……ぅん」


「だったら、どんな結果になってもいいからやってみないか?」


「……もし、私が大きな失敗をして、それにモコや日向さんが巻き込まれたら?」


「そうなっても、あの二人はまた改めて頑張るし。月坂のことなんか恨まないよ」


「でも、あなたはどうなるの……?」


「俺は諦めて地元に帰るよ。たとえ三人のうち、誰かが脱落しても。もちろん


「えっ……」


 そりゃ驚くだろうな。これじゃあ話が違うじゃないか、って。

 でも、もう俺は決めたんだ。


「だからさ、月坂──」


 元カノのお前に、最低で最高な提案をするために。


「…………」


 月坂の返事は、『YES』だった。



【あとがき】


えっとですね、あと4話で1巻分のストックが尽きます……。もうすぐフィナーレです!

もちろん明日も投稿しますのでよろしくお願いします!


面白いと思った方、続きが気になる方は「いいね」や☆評価、当作品のフォローをよろしくお願いします!!

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