第40話 何言ってんだ、俺

『ピピピピピピピ……』


 朝を告げる目覚まし時計を、カチッと止めた。今日は平日、時刻は朝の11時……。


「って、遅刻!?」


 焦って飛び起きたが、そこですぐに思い出す。


「……そっか、今日は休みだっけ」


 昨日の一件以来、俺たちトライアル・イカロスは、最終審査に備えて一週間休むように小竹さんに言われた。

 このままでは、俺たちは機能しないと判断したのだろう。

 そして、休み明けには……。


『ピロン♪』


 ケータイの通知音とともに、月坂からのメッセージが画面に表示された。


『三日後、寮を出て地元に帰ることになったから』

『良かったら、一緒についてきて欲しい』

『あと、……昨日はごめん』


 別に気にしてないのに……。

 結局俺は、あれでいいと思ったんだから。自分のワガママで、これ以上月坂を苦しめるのは心が痛いから。


『いいよ』

『俺も久しぶりに地元帰って、釣りでも行こうと思ってたし』

『ありがとう……』



 〇



「本当にもう、アイドルやめちゃうの?」

「はい。寮母さん、長い間お世話になりました」


 三日後、女子寮の入り口に、大きなトランクを持った月坂がいた。

 純白のワンピースが、そよ風に揺れている。


「もし話を取り消すなら、三日以内に連絡ちょうだいね?」


 寮母さんはやはり寂しいのだろう。それでも月坂は、首を横に振った。


「それでは寮母さん、お元気で」

「また良ければ、顔を出してちょうだいね?」

「……はい」


 寮母さんにお辞儀して、月坂と俺は踵を返す。


「美弧乃さぁーん!!」


 すると女子寮から、モコと日向が飛び出してきた。


「本当に辞めるんですか? 本当に帰っちゃうんですか!?」

「うん、もう私は歌えないから」

「そんなぁ……、せっかく、これから三人で頑張れると思ったのにぃ……」


 涙を流すモコを抱きしめ、月坂は優しく背中をさすった。


「応援してるわ。絶対にオーディションも見に行く。だから、絶対勝ち取ってね……」

「……ぐすっ」


 月坂の言葉に、モコは首を縦にも横にも振らなかった。


「逃げるんだ?」


 日向が、刺すような声で問いかける。


「えぇ、私は日向さんと違って弱いから」

「……あっそ」


 日向も俺と同じなのか、最終的には去るものを追わなかった。


「月坂さん、アイドル辞めたらどうすんの?」

「分からない。地元で仕事を探すと思うわ。心配してくれてありがとう」

「……っ、別に、そんなんじゃないし」


 そう言って強がっている日向だが、本当はやるせない気持ちで胸がいっぱいなのだろう。

 色々と落ち着いたら、前に約束してた通り焼肉に連れて行ってやるとしようか。


「それじゃあ、私たちはここで」

「…………」


 手を振る月坂に対して、俺は何も言わず二人に背を向けた。

 だって俺も、やるせない気持ちでいっぱいだったから。


 ……しかし、俺にできることはもう無い。


 無理に行動を起こしても、きっと月坂のためにならないだろう。

 だからせめて、最後くらいは綺麗な気持ちで見送ってやろうと決心した。

 ……はず、だったんだが。


「あれェ〜? そんな荷物持ってどこ行くんですかァ〜? 月坂せんぱァ〜い」


 目の前の少女が、不快感を込めた声色で話しかけてきた。

 周りには彼女の取り巻きらしき人たちが何人かいて……、そういえば全員、どこかで見たことあるような。


「…………っ、あなたたちは……」

「月坂?」


 まるで彼女たちに怯えるように、月坂は表情を歪ませていた。


「あっ、もしかして隣に居るのは、噂のアルバイトくんかしらァ〜?」

「誰だ、アンタら?」

「ひっどォ〜。この前ステージ見に来てくれたのに? あっそっかァ〜、キミは三軍みたいな底辺には興味が無いのねェ〜」


 高飛車な性格が全面に出た、黒のメッシュが入った赤髪ロングの女の子。

 それらの特徴でようやく思い出した。彼女の名前を。


嵐山蘭世あらしやまらんぜ……」

「ふゥ〜ん、覚えてたんだァ〜」


 月坂が一度も立てなかった三軍のセンターをずっと張ってたからな。

 まぁ、だからどうしたという話だ。

 俺たちが彼女たちに構う暇も理由もない。


「悪いが、通してくれないか? 俺たち急いでるから」

「はァ〜? あたしも美弧乃ちゃんとお話したいのにィ〜?」

「……っ」


 俺の舌打ちをよそに、彼女は無理やり月坂に話しかけてきた。


「ねェねェ、もしかして逃げるんじゃないよね? ねェ?」

「…………」

「……月坂、無視だ」


 グッと握られた月坂の拳が、小刻みに震えている。


「そっかそっかァ逃げちゃうかァ〜。まァそれがいいんじゃない? だってあなた、存在が迷惑だしィ〜?」

「っはははは! それな!」


 迷惑、迷惑、迷惑、迷惑。

 月坂を苦しめた言葉が、俺が振り回していた言葉が、頭の中で響き渡る。


「まァ、そりゃ逃げたくなるよねェ〜? だってi・リーグ決勝の日、あんなにボロクソに言われたんだしィ〜」


 なるほど、以前の月坂が壊れた原因はコイツらか。

 それが分かった瞬間、カチリと何かのスイッチが作動した。


「それにィ、あなたにとっても迷惑な話じゃないの? マネージャーくん?」

「ウチら三軍メンバー全員知ってるよ? あなたが担当アイドルを一軍に昇格させるために頑張ってること」

「でもでもォ〜、年増で賞味期限ギリギリのババアをこのままあの二人とユニットを組ませたら……、どうなるか分かるよね?」


 ……っはは。ダメだ。


 今すぐこの場から立ち去って、二人で故郷に帰ってやろうと思ってたのに。

 参ったな。全然、足が前に進んでくれない。

 あぁ、クソが。今まで売られた喧嘩は買わなかったのに。売られた喧嘩を買ってもロクなことなんて無いと言い聞かせてたのに。


 ……一体、誰に当てられたのやら。


「確かに。すっげぇ迷惑な話だよな?」


 クスリと笑い、俺はいつの間にかそんな言葉を口走っていた。


「アイドルのマネージャーやらされる羽目になったと思ったら、この女が担当アイドルになるわ。この女は色々とめんどくさいわ。おまけに、お前らみたいなめんどくさい奴らに絡まれるわ、で。本当に迷惑な話だよ」

「……は?」


 アイドルたちが俺を睨みつけるが、それでも俺の言葉は止まらない。


「しかし、だ。そんなことを考えてるのは、どうやら俺たちだけみたいだぞ?」


 俺は今まで聞いてきた声を、周りが抱く月坂への思いを反芻する。


「配信の日、裏でスタッフが言ってたぞ? 最初は無名の彼女が出てきて心配だったけど、モコとの二人のやり取りは『最高だ』って」

「なっ……!?」

「二軍の子たちも、リーグのステージで見せた日向とのパフォーマンスは『最高だ!』って」

「……うそ、でしょ?」

「選抜の一次審査の時も、優秀な二人よりも、最近まで三軍だったのに大した実力もない奴に、お前らの言う『年増で賞味期限ギリギリのババア』に、数万人のオタクたちがメッセージを送ってくれた! 『最高だ!!』って!!!」

「……やめて!!」


 俺の、いや、月坂を賞賛した人々の声に、目の前の少女は堪らず耳を塞いだ。


「それなのに俺たちはひねくれ者だな。キラキラ眩しいアイドルにねたそねみ。その証拠に、人生つまんなさそうな顔してやがる」


 本当にその通りだと、彼女たちを見ながら思う。

 月坂にとって、俺も彼女たちみたいに見えたのだろう。


「……まったく、見てるだけでイライラするし、そんなお前たちと同類だった自分にも腹が立つ」


 ビリビリと、俺は故郷行きのチケットを破り捨てる。


「ちょっ、なにやってんの……!?」


 はて、誰がそんなことを言ってるのやら。

 だけど俺は気にせず、散り散りになった紙切れを踏みつける。


「いいか、よく聞け。三流アイドルども。俺は絶対、この最低で迷惑な女を一軍のステージに立たせてやる」


 そして力強く、言ってやった。


「だってコイツは、最高のアイドルになる運命を持って生まれてきたからな」



【あとがき】


すみません! リアルが多忙すぎて投稿が遅れました!!

もちろん明日も投稿しますのでよろしくお願いします!


面白いと思った方、続きが気になる方は「いいね」や☆評価、当作品のフォローをよろしくお願いします!!

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