第36話 メルティ・スノウ
【トライアル・イカロス グリーティングメッセージ】
「どうでしたか? アタシたちとの海デート! 萌え萌えだったでしょ?」
「そんなプリティキュートなわたしたち、トライアル・イカロスをこれから応援して頂けると嬉しいです♡」
「はぁ、またやって欲しい? いつまで経ってもリアルで経験できない分際で口出ししないでちょうだい」
〇
「よっし! これで全員ミッションクリアだね!!」
翌日、一次審査終了まであと六時間以上残したところで、トライアル・イカロス全員が無事、審査に通過した。
昨日足りない分はさっきのようなグリーティングメッセージを投稿したり、モコと日向は引き続きショッピングデートと題して、社内にあるカフェやユミクロ、たつや書店などで撮影した動画をアップしていいね数を稼いだ。
一方、月坂はというと──。
「しかし凄いですね美弧乃さん! まさか動画一つだけで十万いいね稼いじゃうなんて!!」
「ホント。悔しいけど、あの動画は萌え萌えだったからね」
モコの言う通り、実は月坂は昨日撮影した動画を投稿しただけで一次審査を一人で通過したのだ。
特にいつもドSな対応をご所望のファンにはかなり刺さったらしく、ギャップ萌えで尊死したというコメントが何件もあった。
「えっ? 美弧乃さん!?」
「……っ、ぐすっ」
「ちょっ、なに泣いてんのよ!」
「わわわ! もしかしてわたしがチョイスしたドSワードがダメでしたか!?」
あれお前の用意したセリフだったのかよ。
……というツッコミはさておき、俺も日向も、涙ぐむ月坂の元へ駆けつけた。
「……だって、私、最終審査まで行けたの、初めてだから」
「そんな! わたしだって初めてですよ!」
「当たり前だけど、アタシもだよ!?」
「……っ、ぐすん。そうね」
二人を優しく抱き締めて、月坂は本当に嬉しそうに微笑んだ。
「初めての最終審査。みんなで絶対に通過しよう!」
トライアル・イカロスが結成して三日が経過した今日。
ここから始まるんだ、月坂の、三人の挑戦が。
神様が与えてくれた翼は全部で三つ。だから俺の分は最初から用意されていない。
だって俺は、これからホワイトケミカルの正社員になるのだから。夢に向かってまっすぐ羽ばたくお前たちと、別の道を歩むのだから。
「みんなぁぁぁぁ、おめでとぉぉぉぉぉ!!!!」
勢いよくドアが開くと、びっくり箱みたく小竹さんが三人めがけて飛びついてきた。
「聞いたよ葵和子ちゃん、あの動画を考案したって! お手柄じゃない!」
「えへへ~、ありがとうございます!」
「モコ、あなたはメルキスよりももっと高みへ目指しなさい! 応援してるわ!」
「……ぐすっ、もぅ、ぷろでゅーしゃぁあぁ……」
「そして美狐乃ちゃん」
「はい」
「……よく、ここまで来れたね」
「……うぅっ」
ここからがスタートのはずなのに。まだ最終審査も終わっていないのに。
甲子園行きの決まった高校球児のように喜びを爆発させる四人を見つめながら、俺は今日くらい、ここがゴールでもいいじゃないかと思った。
ゴールで思いっきり笑って泣いて、明日から新しいスタートに立てば良い。
険しい道のりのゴールを知らない俺は、彼女たちからゴールの大切さを学ぶことができた。
「さて、四人とも、早速だけど時間ある?」
じゃらりと出てきた車のキーを見て、彼女たち三人の表情がパッと明るくなった。
「今日は決勝戦! みんな、応援よろしくね♪」
〇
「ふぅ~、ギリギリセーフ」
アキスタに着いてすぐ、俺はすぐトイレへ向かって走った。一般用はまさかの大行列で焦ったが、関係者という身分を使ってなんとかなった。関係者用トイレ、マジで助かったよ。
「あっ」
「あっ!」
あの日みたく、またもや見覚えのある人と目が合った。17歳の女の子にしては身長の高いその子は、雪をモチーフにしたステージ衣装に身を包んでいた。
「あなたはこの前の。応援Tシャツの件はありがとうございました」
「いえいえっ! そんな!!」
例の、女子寮で下着姿を見てしまったあの子である。この前は応援席にいたが、今日はステージに上がるらしい。
大きな胸元で合わせている手が小刻みに震えている。
「緊張しますよね? 決勝戦」
「えっ……、えぇ! はい、とっても……」
「って、そんな、泣かないでくださいよ!」
相当のプレッシャーに滅入っているのだろう。ここは何て声をかけようか。
迷っていると、一人の少女が頭に浮かんだ。きっと彼女の存在は効果絶大なお守りになるだろう。
「大丈夫。白雪さんがついてますから」
その言葉に少女はひどく肩をビクンとさせたが、「そう、ですね」と言う声がやや明るくなっているのが分かった。
「こんなところにいた。翼くん、もうライブ始まるわよ」
あぁ、月坂。俺のこと探してたのか。
未だにうずくまる彼女が気になるが、俺がどうこうできる問題じゃない。
俺は月坂の後に続いて走ることにした。
「おい待てって、月坂。そんな急がなくたって──」
「出た。アイツが例のアルバイト?」
「そうそう。アイツよ、アイツ」
聞こえてきた声に、俺の足は止められた。周りを振り向くが誰もいない。
けど、どこかで聞いたことがあるような……。気のせいか。
俺は再び駆けだして、ステージの観客席へ向かった。
〇
『それじゃあまずはトップバッターのアンメルティ・スノウから行こうか! 曲は『Everlasting・Snow』!!』
開会式とチーム紹介が終わり、俺たちホワイトケミカル代表のステージが始まった。
いつもより豪華に彩られたステージで、七人の姿が順番にライトアップ。それに続いて彼女たちが一人ずつ、静かなテンポの中で歌い上げると──。
「信じーてるわ。エヴァラスティン・スノーーーーーーーーーーー」
相変わらず透き通った白雪さんのソロボイスが会場に響き渡る。
音楽が流れ、彼女たちが拳を上下させたのを合図に、観客が声を上げながら白いペンライトを振った。
今まで一日に二、三回勝負が行われるのが普通だったi・リーグ予選。しかし決勝戦が行われているこの場には、二つのチームのどちらかを応援する声しかない。
今までとは桁違いのボリュームに、俺は身を震わせていた。「がんばれ!」って、いつも以上にペンライトを振ってエールを送った。
その時だった──。
──ゴッ! きぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃん!!!
マイクのノイズが入った瞬間、その応援が突如、どよめきに変貌した。
「えっ、嘘? 白雪ちゃんとぶつかった!?」
「白雪ちゃんは大丈夫そうだけど……」
「倒れた子、立ち上がらないじゃん! マヂやば神じゃね?」
BGMが流れるステージで、この場にいる誰もが固まっていた。
おどおどしている白雪さんの目線の先では、さっきトイレで会った少女が倒れたまま動けなくなっていた。
「はぁはぁはぁはぁはぁはぁはぁはぁはぁはぁ……………」
寄り添うアイドルたちのマイクが、倒れる彼女の荒い呼吸音を拾う。それに応じて俺も呼吸が浅くなり、足が震えていた。
ステージからは音楽が消え、例の子が担架で運ばれるとともに、アンメルティ・スノウの面々がステージから降りた。
ざわざわと騒がしい中でも、『しばらくお待ちください』という会場のアナウンスはハッキリと聞こえた。
「はい、はい。……分かりました。すぐ向かいます!」
この事態に、さすがの小竹さんも慌ただしい様子で席を離れた。
「はぁーはぁー、はぁー…………」
「月坂?」
「……ごめんなさい、私!」
「おい!」
そして月坂は彼女の姿を見て取り乱したのか、逃げるようにこの場から立ち去った。さすがに追いかけようと思った、その時だった。
「みんなぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!」
背中から感じる強い光に、足を止められる。
振り向くと、真っ暗な空間に一輪の太陽が顔を出していた。
「……って、そんな空気じゃないかぁ」
気まずそうに笑うその表情に、一縷の闇も垣間見えない。それどころか、後光すら見えてしまうほどだった。
「大丈夫! 白雪ちゃんも他のみんなもぜーーーったいに帰ってくるから! みんなで信じて待とう! ねっ☆」
彼女の明るい声に、沈んでいた観客たちが徐々に笑顔を取り戻す。
そして「わぁぁぁぁぁぁ!!!!」という歓声をあげながら、オレンジのペンライトで辺りを照らした。
辺り一面が、まるでヒマワリ畑のようになっていく。
「それじゃあみんな! いっくよぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!!」
鬱蒼な空気を吹き飛ばす陽気なサウンドが、ステージを支配する。
マネージャーを始めて、こんな気持ちになったことは無かった。むしろならない方が不思議だった。ステージに立ってない分際にこんなことを思うのは失礼かもしれない。
だけど太陽のごとく絶対的な存在を前に、こう思わざるを得なかった。
──この世に敵わないものはある。溶けない雪なんて、存在しない、と。
【あとがき】
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