第35話 時間が止まればいいのに
「やったー! いいね数合計六万〜♪」
「わたしもです! 日向さんのおかげでいいね数五万超えました!」
「最後に撮った『両手に花〜』って感じのハーレム動画もユニットのアカウントに投稿したんだけどね! こっちは七万いいねだよ!? 凄くない!?」
日が沈む頃、俺たちの撮影タイムが終了した。
どうやら日向のゴープロ海デート大作戦が功を奏したのか、彼女たちはわずか一日で目標の半分以上を達成してくれた。
良かった。コイツらのよく分からないノリに付き合わされた俺の努力が報われて……。
「そういえば、美弧乃さんは?」
「さぁ? 『水着姿なんて恥ずかしくて見せられなーい!』とか言って、女子寮に引きこもったんじゃない?」
「一理あるな」
とはいえ、呑気にしている場合ではない。
タイムリミットは残り一日。月坂のアカウントを覗いて見たが、もちろん投稿数はゼロ。
くそっ、あの女はどこで何してやがるんだよ。
「俺、ちょっと探しに行ってくるわ」
そう言い残し、俺は砂浜を後にした。
日向の言う通り、女子寮に引きこもっているかもしれない。
しかしそれが本当ならば、女子寮に入れないので厄介だ。
そう思いながら歩いている時だった。
「…………」
石垣の階段で一人、水色のワンピースを着た女の子が文庫本を片手に黄昏ていた。
「こんなところで何やってんだよ。てか水着はどうした?」
「……忘れた」
「は?」
思わず腰が抜けたような声が漏れた。
「嘘。本当は恥ずかしくて……、ここであなたたちをずっと見てたの」
「それなら素直に『恥ずかしい』って言えば良かったじゃねぇかよ」
「だって、……どうせそんなこと言っても意味ないし」
「そりゃそうだろ」
自分の将来がかかっているというのに、コイツはどこまで行っても、何者になっても、引っ込み思案で根暗陰キャの月坂美弧乃だった。
「──って、おい」
突然、華奢な両腕が俺の右腕に巻きついてきた。身をグイッと寄せて、震えながら月坂は言う。
「カメラ、回して……」
「は?」
「はやく。ゴープロでしょ、それ。私も使いたい……」
……って、言われてもなぁ。だけど、致し方ない。ここは一次審査のためと思い、俺は動画撮影を始めた。
〇
【月坂美弧乃 テイク1】
「キレイだね、海……」
(あぁ、そうだな)
モコや日向は設定を作って撮影していたのだが、月坂は俺に何も伝えていない。
月坂美弧乃とデートに来た一人の男として振る舞うべきか、元カレとしてありのままの自分でいるべきか分からないまま、撮影時間が過ぎていく。
「覚えてる? 初めて海に来た時のこと」
その問いに、小さく頷く。
あぁ、少しだけだが覚えている。
海に行く前の日は一緒に水着を買いに行って、コイツは決まって露出度の低い水色のハイネックビキニとパレオを試着してみては「……どう?」って、顔を真っ赤にしながら俺に評価を求めてたっけ。
それで水着を決めて「楽しみだね!」と言ったが、当日は雨。
それでもコイツはワガママを言ったり俺に当たったりせず、「残念だったね……」って、眉を八の字にしながらも笑ってたっけ。
──来年こそ、晴れるといいわね。
そうは言ったが、結局俺は、コイツの水着姿を砂浜で拝むことは一度も無かった。
まったく、どうして俺はコイツと違って、悪い思い出ばかり覚えてるんだろうな。
「本当は私、海は嫌いなんだけどね。あなたと一緒に行く海は……、好きなの」
演技か本音か分からない。
だけど恥ずかしげに目を
「ねぇ……」
腕を掴んでいた手が、するりと俺の手に移る。
そしてその柔らかな指を、ゆっくりと俺の指と交差させて恋人繋ぎを作る。
「……好きだよ。今までも、これからも」
その瞬間、雑音がかき消された。
どうやら俺たちは、二人だけの別世界に閉じ込められているみたいだ。
お祭りの日、月坂は言った。──このまま時間が止まればいいのに、と。
二人で見た初めての海。最初で最後かもしれない、二人だけで過ごす夏の海での
さっきから微動な変化しか見せない夕暮れ空を見つめながら、俺も願った。
──このまま時間が止まればいいのに。
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