第32話 トライアル・イカロス

「えー! アタシ、前にやってたやつの方が良かったのにー!!」


 説明会が終わった後、俺と月坂、日向、モコの四人で会議室を借りていた。


「だって前はダンスのオーディションやってたんでしょ?」

「文句があるなら、降参したら?」

「は? 別に降参なんかしませんけどぉ〜??」

「二人とも、お静かに♡」

「「……はい」」


 えっ、モコが二人を手懐けてる? もしかして俺が見ない間に何かあった?


「ところでアルバイトさん、どうしてわたしたちをここに集めたのですか?」


 当然の質問が飛んできた。

 三人ユニットを組め、というルールだ。この流れで分かるだろ?


「そりゃもちろん、お前たち三人でユニットを組んでもらうためだ」

「「「…………」」」


 ……あれ? 俺なんか変なこと言っちゃいました?


「「はぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!???」」

「えぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!!」


 そして次の瞬間、他の部屋にも聞こえそうな絶叫が三人の口から飛び出した。


「待ってよ翼! モコちゃんはいいけど、この人と組むのはマジで嫌なんだけど!!」

「それは私のセリフよ! なんでこの陽キャと一緒に……」

「そうだよ! もしアタシとモコちゃんの萌え萌えキラキラオーラでこの子が消えたらどうすんの?」

「はぁ!? 別にそんなこと言ってないでしょ? 私は、あなたみたいな素人陽キャに荒らされたらって思うと心配なの!!」

「はぁ!? 陽キャ舐めんなし! てか高校の学祭とか、あなたの言う陽キャが中心だったから、クラス一丸になって盛り上がったんでしょ!? ……あっ、もしかして学祭の間、学校休んでたから知らないのかなぁ〜?」


 やめろ日向、その言葉は俺に効く……。


「何それ、マウント? 陽キャだから偉いって言うの? これだから陽キャは嫌いなのよ……」

「アタシだって、あなたみたいな根暗、マジで受け付けないんだけど……?」

「……に、してください」


 おい、モコがぶちギレ寸前だぞ? そう伝えようとしたが、時すでに遅し。


「もうっ! いい加減にしてください!!」


 ほら怒った。俺もう知らねぇからな。


「アルバイトさん!」


 二人を説教するよりも先に、モコは俺のことを呼んだ。


「わたしたちやります! この三人で!!」

「ちょっとモコ!」

「何言ってのさ、モコちゃん!」


 文句を言う二人に向けて、モコはキレ気味に言う。


「二人ともがこんなんだから、こうするんですよ。文句ありますか? えっ?」

「「……いえ」」

「ということで、わたしたち三人で頑張ります♡」


 うん、まぁ、こうしたいからこの三人を招集したんだけど……。なんだろう、モコが怖すぎてそうせざるを得ないみたいになっちゃった。


「ところでアルバイトさん、どうしてわたしたち三人なんですか?」


 そうだ、それを伝え忘れていた。

 コホンと咳払いし、真剣な面持ちで俺は答えた。


「俺はこの三人で、全員の得意な部分を発揮して欲しいんだ」


 モコなら『アイドルらしさ』を売りにするビジュアル、日向ならダンス、月坂なら歌唱力。

 従来の審査対象だった能力を組み合わせた結果だ。

 そして何より、と添えて俺は淡々と続ける。


「月坂がモコを意識したおかげで『アイドルらしさ』を、日向をライバル視することでダンススキルを向上させられるように。三人が意識し合える環境を作ることで、自分に足りない部分を補って欲しい」

「わたしなら歌とダンス……」

「アタシなら歌と『アイドルらしさ』……」

「私なら……」

「そういうことだ」


 俺の考えに納得してくれたのか、三人は大きく頷いて顔を上げた。


「分かった、アタシ頑張る!」

「私も。それで一軍ユニットになれるなら」

「言っとくけど、ユニット全員が審査に通るとは限らないらしいよ?」

「あらあら心配どうも。あなたこそ脱落しないように気をつけてちょうだいね?」

「言われなくても、やってやるし!」

「はいはい二人とも、シャラップですよ〜♪」


 もうマジで怖いよモコ様。

 20代の二人相手に笑顔で「黙れ」とか言えちゃうあたりすげぇよ。


「ねぇ、シャラップって何だっけ?」

「さぁ、私に聞かないでくれる?」


 ……いや、それ以前の問題だったわ。


 英語の授業で単位が取れない日向はさておき、何でも完璧だった月坂の英語力もモコ以下かよ。

 地元に学力置いていったのか?


「ということで早速、ユニットのリーダーを決めましょう! あっ、わたしは美弧乃ちゃんがいいと思います!!」


 自分から進行を務めて、自ら結論を出そうとするモコ。

 しかし俺はじっとモコを見つめる。どうやら二人も同じことを思っているようだ。


「リーダーだけどさぁ……」

「「うん」」

「俺はモコがいいと思うんだけど」

「「賛成」」

「……はい?」


 すまんなモコ。

 圧倒的に最年少で重圧かもしれないが……。うん、まぁ察してくれ。


「しょ、しょうがないですね! 皆さんが言うなら、このわたしがリーダーを引き受けましょええぇぇぇぇぇ!!!???」


 反応遅っ!


「そういうわけだから、よろしくねリーダー♪」

「私からもお願いするわ、リーダー」

「ちょっ、まっ、二人とも、抱きついちゃ……、アイドルのサンドウィッチいやぁぁぁ……」


 先ほど任命された俺たちのリーダーは、太陽と月に挟まれて尊死してしまった。

 俺が提案しておいてこう思うのもアレだけど。


 このユニット、大丈夫だろうか……?



 〇



「はい、この三人でエントリーね」


 ユニットの結成を、俺たちは小竹さんに報告した。


「言っとくけど、一次審査の段階でユニット全員が通過するとは限らないからね? その辺は覚悟するように」


 小竹さんの言葉に、三人が真剣な面持ちで頷く。それを見た小竹さんは安心したのか、柔らかな表情を向けた。


「ところで御三方、ユニット名は?」

「「「あっ……」」」


 しまった、完全に忘れてた。

 おかげで誰も何も考えていない……。


「まぁ別に今すぐ考えなくてもいいよ? ユニット名教えてくれるまで、あなたたちの名前は『ツバサーズ』にしちゃうから」

「何で俺の名前使うんですか……」

「──プリティフェザー!」

「──萌え萌えウィング!」


 案を出したモコと日向は、お互いにいいねと親指をサムズアップ。

 良くねぇよ、二人ともダサい。あとフェザーとかウィングとか、俺の名前っぽいワードを入れようとするな。


「トライアル・イカロス!!」


 その二人に割って入るように、月坂が叫んだ。

 ここで日向は毎度のようにケチを付けると思ったが、「何その名前? イカとロサンゼルス?」と言い出したので、すかさずモコが「日向さん、違います」とツッコミを入れた。


「その心は?」

「私は、いえ……、私たちにはがあったから、空を飛んでここまで来れたから。それでこれからも、まだ見ぬ先を目指して挑戦できたらいいなと思って……」


 だから、空を飛ぶための翼を授かった少年イカロスの神話になぞらえたのか。

 その話はよく知らないけれど、俺は月坂の名前がいいと感じた。

 また俺の名前っぽいワードが含まれてるけど、まぁいい。悪くない。


「いいんじゃねぇの、俺は賛成だ」


 右手を挙げると、モコも日向も同じく右手を挙げてくれた。どうやら決まりみたいだな。


「……イカロス、かぁ。いいね。採用!」


 そして小竹さんもサムズアップ。

 こうして月坂、日向、モコで結成された三人組ユニット──トライアル・イカロスが始動した。

 ……しかし小竹さんは言った。

 この先の一次審査で必ずしも三人が通過できるとは限らない、と。

 一体、どんな試練が待っているのか? その答えは翌日、100人以上のアイドル全員に知らされた。



【あとがき】


ここまでご覧いただき、ありがとうございます!!


明日も更新! 19時頃です!


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