第4章

第31話 選抜オーディション

「はーい、皆さん注目〜♪」


 二週間後の八月中旬、社内の大ホールにて。

 小竹さんはステージ中央の演説席に立っていた。

 聴講席は総勢数十人のアイドルたちが陣取っており、あちこちにはカメラが設置してある。


「ねぇねぇ、もしかしてこれ、全国放送されてるの?」


 好奇心旺盛な子どもみたいに日向が俺に問いかけるが、俺が知ってることじゃない。

 ということで、モコと月坂が代わりに答えてくれた。


「いえ、ここに来られないアイドルたちに向けて、オンラインで配信してるんです」

「ホワイトケミカルのアイドルは各地にいるからね。この場にいる人以外にも、敵はたくさんいるということよ」


 敵、というのは文字通りの意味だ。


 なぜそんな言葉が出てきたか。その答えを、小竹さんの次の台詞が示してくれた。


「それでは皆さんお待ちかねの、i・リーグ一軍ユニット選抜オーディションの概要説明会を執り行わなさせていただきます」


 パチパチパチパチパチ……。

 真剣さが伝わる空気に、静かな拍手が響く。


「それではまず、こちらのスライドにご注目ください」


 一軍ユニットに選抜されるまでのステップが書かれたスライドが出ると、周りがどよめいた。

 左には三段階の審査で行われることが説明されているが、皆が驚いたのは右に書かれた内容だろう。


「はーい、お静かにぃー!」


 そうは言うが、まったくどよめきは止まない。

 この様子に小竹さんは小さくため息を吐いてから、致し方なく話を続けた。


「今まではアイドル一人ずつを対象に、ダンス、ビジュアルを審査し、最後に歌とダンスを、大きなライブ会場で審査してきました」


 ですが、と小竹さんは語気を強める。


「今回の審査はビジュアルとライブ、二つの能力で審査を行うのですが、三人でユニットを組んで参加してもらいます!」


 今までにないルールに、少女たちの驚きが止む気配はなかった。

 まぁ無理もない。

 今までは「一人でやってね」と言われてきたのに、いきなり「三人グループ組んでねー」と言われたのだ。

 突然のことだが健闘をマジで祈るとともに、良ければ小竹さんと同じステージに立って「出過ぎたマネをした」と謝罪したい。


 ──だってこのやり方が採用されたのは、俺のせいなのだから。


 〇


「はーい、100点満点中85点、合格〜」


 今から一週間前、アイドル事務所にて。

 つまんねぇのと言わんばかりの小竹さんが、一枚の紙を俺に返した。

 例の再テストの結果、俺はどうやらクビにならなくて済んだようだ。


「てことで、アルバイトくんに課せられたミッションは残り一つだねぇ〜」

「そう、ですね」


 もう一つ、あまりにも鬼畜な内容を思い出す。

 いやいや、鬼畜と分かってても俺は頑張ってきたじゃないか。

 それにモコと月坂を引き合わせてくれた件だって、なんだかんだ小竹さんは俺に協力的だったし。

 だが、それでも不安は拭えなかった。


「月坂、大丈夫なんですかね?」

「ん、何が?」

「だって、あと半月でオーディションが始まるんですよ。しかも一次審査はいきなりダンスだなんて……」


 100人以上の中からわずか20人程度しか選出されない一次審査。

 残念だが、日向をライバル視した月坂とはいえ、このままでは一次審査でドロップアウトする可能性は十分にあるだろう。そうなれば、俺は、月坂は……。


「あぁ、その話に関してなんだけどね?」


 二枚の紙を持ってきた小竹さんが、この空気に似合わず、「どっちがいい?」と無邪気な声で聞いてきた。


「何の話ですか。こっちは真剣なのに……」

「私だって真剣に聞いてるのよ。だから、これ見て。どっちがいいか決めさせてあげる」

「どういうつもりですか?」

「なぁに。テストに合格したお祝いだよ?」


 意味が分からない。

 とりあえずこのままでは話が進まないので、俺は二枚の紙に目を通す。


「こ、これって……!」


 思わず、紙を両手に持って内容に食いついた。


「実は今年に、オーディションのルールを変更しようと思ってね。今年は従来のままで開催するか、内容を変更しようか迷ってるのよ」


 それで、その選択権を俺に委ねるというわけか。もしかしてこれも、もう一つのミッションを進めるためのアプローチなのだろうか?


「本当に、俺が選んでいいんですか?」

「だから、そうしろって言ってるじゃん」


 そうは言うが、にわかに信じられない。

 だってこの場で、俺はアイドルたちの未来を支配していると言っても過言ではないのだから。

 それでも俺は、恐る恐る一枚の紙を小竹さんに差し出した。


「じゃあ、この、新しい方式で……」


 俺が選んだのは、一人のアイドルが三つの審査を通過する従来のタイプではない。

 アイドル三人がユニットを組んで、二つの審査を通過する新しいタイプだった。


「その心は? やっぱり美弧乃ちゃんとあなたのため?」

「そうもそうですけど……」


 というか、それが一番の理由だ。

 しかしこのままではワガママを言っているみたいでしゃくなので、俺は自分の選択に客観的な評価を加えた。


「i・リーグはソロパートだけでなく、デュオやトリオといったユニットを組んで出場することが義務付けられています」

「だから優秀なアイドルを寄せ集めするより、優秀なユニットを評価した方がいい、と?」

「はい。ですが──」


 俺はこうなってもいいという覚悟を、小竹さんに示す。


「アイドル一人ずつを評価するのも大事です。だから、優秀な三人組ユニットの中から、最終的に誰かが落ちても文句はありません」

「へぇ〜、面白いこと言うじゃん?」


 こう言うことで、月坂一人が落ちる可能性を作ったことはつまり、自分の首を絞めることにもなる。


 それでも、このやり方が合理的だと言うしかなかった。

 だってそうでもしないと、実力の釣り合わない誰かが選抜されるかもしれないから。

 月坂のダンススキルが二軍ユニットのレベルに合ってないといったことが、一軍ユニットで起こってはならないと思ったから。


「分かった。キミの覚悟はしかと受け止めた!」


 小竹さんは紙を受け取ると、出口のドアに手をかけ、


「一週間後、アイドルちゃんたちの反応が楽しみだね♪」


 そう言い残して、事務所を後にした。

 そして一週間が経って、小竹さんが期待した通りであろうアイドルたちの反応が、ホール全体を埋めつくしたのだ。



【あとがき】


ここまでご覧いただき、ありがとうございます!!


今日から4章! コメディ要素多めの箸休め、的なお話が続きます(たぶん)。


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